ふしぎな星

ロケットは、まるで大きな手でふりまわされたように、
ぐわんぐわんとうめき声をあげました。
なかにいたunaたちは、必死の表情でがんばれといいました。

やがて、がつん、と大きな音がひびき、ロケットの中がまっくらになりました。
unaたちはみんな気絶してしまいました。

 * * *

1ぴきのunaが、ようやく目をさましました。

どこかにぶつけたのか、鼻血がでていました。
まわりをきょろきょろと見回しましたが、まっくらでなにもみえません。
手さぐりもしてみると、自分が荷物棚に入っていることに気がつきました。
よろよろと荷物棚からでたunaは、驚きました。

ロケットには誰一人のっていないのです。
みんなでかくれんぼをしているのかと思い、
そのunaは「わー!」といってみました。
大声を出せば、びっくりしてだれかでてくるかもしれない、と思ったのです。
でも、だれもでてきません。
なまぬるい空気とくらやみがあるだけです。

unaのおなかがぐーぐー鳴りました。のどもからからです。
もう何日ものあいだ、なにひとつ口にしていないのです。

unaは、ぺこぺこのおなかを鳴らしながらも、3つのことを考えていました。
ひとつは、みんなが住める場所をさがすこと。
もうひとつは、故郷の星に残してきた仲間たちをそこへつれていくこと、です。
そして、ロケットのみんなはどこにいるのでしょう。

わからないことだらけです。
しかしunaは動かなくてはなにも進まないということを、よく知っていました。

unaは、ロケットの最上部までのぼり(いろんなボタンを押してみて)
ハッチをあけました。

なんとも不思議な場所でした。

一言でいえば、そこは樹の世界といったところです。
何層にも樹がからみあい、地表がまったくみえませんでした。
どんなに目をこらしてみても、下の方は完全にまっくらなので
底がないようにも思われました。
そらにはロケットが着陸したときにできた小さな穴から、
かろうじて星がみえました。
夜のようです。

よくみると、ロケットが立っている場所も、巨大な樹の一部です。
あまりに巨大で、地面かと思うほどでした。
unaは、他のunaたちが1ぴきもいないのを不思議に思いました。
ロケットの中にも、そして外にもいないのです。

unaはくんくんと鼻を動かし、かすかにただよう甘い匂いをとらえようとしましたが
鼻血のせいで、匂いがわかりません。
なんとなくうす暗い樹のあつまっている所が気になります。

ロケットから離れてとことこ歩いていくと、
顔のついたふしぎな花がぶら下がっていました。

「あれ?」と、花はいいました。
「またまた」と、別の花がいいました。
「そうともしらずに」と、さらに別の花がいいました。

unaはそれにはかまわず、薄暗い木へと歩いていきました。
暗闇はどんどんと深くなり、振り返るとロケットはもう見えなくなっていました。

 * * *

「こここ、こらぁぁぁぁ!」と、かん高い声がしました。
でもだれもいません。
unaは、ほうっておこう、と思い歩き出すと、
「きききき、きさまあぁぁぁ」と、また声がしました。
下のほうです。

足元を見ると、とても小さくてふとった男が、ぷんぷん怒っているのです。
「おおおおお前はぁぁぁぁ、かかか勝手にひとの家に入ってきてぇぇぇぇぇ!」
顔を真っ赤にして、汗だくになって、叫びながら足をばたばたさせています。

よくみると、unaの足元に本当に小さいドアだけがありました。
「やややややぁっとわかったかぁぁ」
「こここのドアからこっちは全部わしの家じゃあああ!」
といって、ポケットから出した小さな紙切れをこちらに見せています。

「ここここに、そう書いておるぅぅぅ!」
小さな男はますます興奮してきて、
しまいには「きー」「きー」としかいわなくなりました。

それにはかまわずに、あたりを見回していたunaは、不思議なものを見つけました。
大きな黒い樹の裂け目から、大量のシロップが流れているのです。

そこには、いろいろないきものがシロップを求めてごった返していました。
unaは、仲間たちがいるかもしれないと思ったのですが、
見つけることはできませんでした。

「・・・・・アレのんじゃいかん」小さい男がいいました。
すっかり怒り疲れたのか、表情もぼさぼさになっています。
「アレのんだら、大事なこと全部忘れてまう」
「でもアレおいしいよ」
「でもアレのんだらいかん」

よく見てみると、シロップを飲んだいきものはふらふらしていて、
つぎつぎに樹から落っこちていっています。

「あの樹の横を通り過ぎてけば、食うものでも飲むものでもなんでもあるさ。」

unaは、シロップにむらがるいきもののあいだをぬけていきました。
だれもがシロップに夢中で、unaのことをみるものなどいませんでした。
unaは、のどはからから、おなかはぺこぺこ、
足元はふらふらになりながら歩きました。

 * * *

とつぜん、森が開けました。
そこには、とても大きなキノコの家や、お店らしき建物がいっぱいありました。

小さなざわめき声や、食べ物の匂いはするのですが、
ふしぎなことに人影はありません。
unaは、いちばんいい匂いのする、超高層キノコの中にはいっていきました。
なかはがらんとしていて、なにもない巨大な空間でした。
壁際には、銀色の細い柱のようなものが天井までのびています。
匂いはどうやら上のほうからしてくるようですが、
階段やハシゴなどは一切ありませんでした。

unaは、銀の柱についているでっぱりにのぼってみました。
すると・・・

「シュッ」という音とともに、でっぱりがぐんぐん上にあがっていきました。
バランスを崩して転がり落ちそうになりましたが、
でっぱりから伸びてきたベルトのようなものが、unaを捕まえました。
天井にぶつかる、と思いましたが
それはふわふわしていて、すっとすりぬけました。

「チン」という音とともに、上昇が止まりました。
でっぱりに座ったunaの目の前にはテーブルがあり、
とてもきれいなお皿にはいった、とてもいいにおいのするスープが置かれていました。
unaは、テーブルのすみっこにある小さな穴から
「ようこそ、当レストランへ」
「こちら百合根とポワローのスープでございます。」という声を聞きました。

unaは、スプーンも使わずに一気にぺろりと食べてしまいました。
すると、また「シュッ」という音がして、でっぱりが上昇しました。

次の階でも
「こちらは、フレッシュサラダです。」
またもやぺろりと平らげました。

さらに、
「こちらは、ライムソルベです。」
「鮭ムースです。」
「ローストビーフ 洋ワサビクリームです。」
「パンです。」
「ガトーマリアージュです。」
次々に出される料理をどれもあっと言う間に食べ、
unaはどんどん上へあがっていきます。

「こちらは、本日のメインの牛バラのトマト煮でございます。」
またもや、unaはきれいに食べてしまいました。

「では最後に」と小さな穴はいいました。
「どちらに食べられますか?」
「虎かライオンか」

unaはびっくりしました。
いままで食べてきたのは、虎かライオンに食べられるためだったのです。

「特にご希望がなければ、虎にしましょう。」

シュッ、という音とともに、でっぱりが上へあがりました。
今度は、天井が小さく開きパラパラと土が落ちてくる穴をくぐりぬけました。

そこは、まるでジャングルでした。
熱帯性の植物がうっそうとしげっており、
チチチチチという鳥の鳴き声が聞こえました。

unaは、イスにしばられたまま、警戒しました。
がるるるる....という低いうなり声が、いくつも聞こえてきました。
unaはその声から、たくさんの虎がいると思いました。

色鮮やかな熱帯花樹を掻き分けながら、虎が姿を現しました。
なんと、たくさんいると思っていた虎は、1ぴきだけでした。
ところが、その虎はたくさんの虎の頭をもっていました。
それらが、せわしなく唸り、吼え、睨みつけたりそれぞれに動いているのでした。

unaは、上から2ばん目にある1ばん強そうな虎の顔をにらみつけました。
すこしでも大きくみせようと、ほっぺたもふくらませました。

虎たちは、そんなことはお構いなしにずんずんと近づいてきます。
そして前足でunaを軽くひっかきました。
unaの顔や体からすごい量の血があふれました。
さらに1ばん手前の虎がunaの頭を噛み砕こうと、口を開いたときです。
「ガアアアアアア」とひときわ大きな声がしました。
unaは、血が目にはいりよくみえませんでしたが、
どうやら1ばん上の虎が吼えているようです。
その声で、1ばん手前の虎も口を引っ込めました。

unaの体からは血が流れ続け、徐々に意識が遠のいていきました。

 * * *

すこしして目を覚ますと、unaは大きなたんぽぽの花の上でした。
服はボロボロで、体も痛みましたがふしぎなことに、傷口はふさがていました。

「カン違いするな」「カン違いするなよ」と虎は唸り声をあげました。
「ただでたすけてやるつもりじゃねぇ」「ただで助けてやるつもりじゃねぇよ」
よくみると、1ばん上の虎がいったことを、すぐ右下の虎が復唱しているのです。
その虎は、ひょろっとしたいかにもずる賢そうな顔をしています。
他の虎はというと、1ばん上の虎が声を出すたびに、
びくびくとおびえているのでした。

「お前によく似た奴のことだ!」
「お前によく似た奴のことだよ」

「あいつはオレをだましやがったぁ」
「だましやがったぁよ」

「このグズどもと!」
「どもとよ」
と下の虎に吼えました。

「あいつは、こいつらを切り離すと約束した」
「束したよ」

「ところが!」
「あのいまいましいカプセルに入りでてこねぇ!!」
「だましやがったああ!!!」
上の虎は興奮のあまり、右下の虎をガブリと噛み付きました。
噛み付いた上の虎も、下の虎たちも全員が痛みで絶叫しました。

「あいつを食い殺してやる!!」

 * * *

そこは、岩に囲まれた薄暗い場所でした。
岩には光るコケがはりついており、あたりをぼんやりと照らしていました。
虎に首根っこをくわえられたunaは、いきおいよく投げ飛ばされ、
岩に叩きつけられました。

1ばん上の虎は、興奮のあまり目を血ばらせながら怒鳴りました。
「そいつを出したら、お前はたすけてやる!」「そいつは、だましやがった!」
「そしたらぎたぎたに食いちぎってやる!」「そいつを外に出せ!!」
あまりの迫力に、復唱する虎ですら縮み上がってしまいました。

unaは、ふらふらとしながら「それ」をみました。
「それ」は、透明な素材でできた球体のカプセルでした。
そしてその中のものをみてunaは、腰がぬけるほど驚きました。
そこにはプラチナ色の髪をした、自分そっくりないきものが眠っていたのです。
そのいきものは、見たこともない、
白いパイロットスーツのようなものをきていました。

カプセルのまわりには、虎の牙のかけらや、
虎の毛がごっそりと落ちていました。
何度も何度もカプセルを壊そうとしたに違いありません。

「そいつは、そこに手をあてて開きやがった!!」「おれははっきり見た!!」
「早く手を当てろ!!!」

unaは、窮地に立たされました。
足元もふらふらしており、戦いはおろか、逃げ切れないこともわかっていました。
もしカプセルをあけなかったら、自分は間違いなく食いちぎられてしまいます。
しかし、カプセルをあけたら、このいきものは殺されてしまいます。

こういう時に、unaはなにを考えるのでしょうか?
おそらく、なにも考えません。
ただ、自分が感じるがままのことを行うのです。
そして、それが活路を見出すことも少なくありません。

突然unaはけらけらと笑い始めました。
そしてだんだん、笑い声が大きくなってきて、
しまいには立っていられないほど
大笑いしてしまいました。

その様子をいぶかしげに睨みつけていた虎でしたが、うちの1ぴきがついつられて
「グフ」とふきだしてしまいました。
「だれだ笑ったのは!!!」と1ばん上の虎が叫びました。
あたりは、シーンと静まりかえりました。
そしてこれが逆に笑ってはいけないという妙な緊張感を虎たちに与えました。
unaも急にまじめな顔になり、なぜかおじぎをしました。

みんなそれを見ないように一斉に顔をそらしました。
が、1ぴきの虎が「クフ」ともらしてしまいました。
どうやら笑い上戸がいるようです。

そうなるとunaも本領を発揮します。
深々と頭を下げたあと、相当音程をはずしながら歌を歌い始めました。
(このunaは幸いなことに音痴のようです。)

これには他の虎も思わず笑ってしまいました。
1ばん上の虎が激怒しました。
しかし、最下部の虎たちは、あまりに調子のはずれた歌に大笑いしていました。
「笑うな!」「かみ殺すぞ!」とさんざんわめき散らしても無駄でした。
おそらく、虎たちは長い間笑うことなどなかったのでしょう。
一度起きた笑いは、なかなか止みませんでした。

そのうちに1ぴきの虎がこういいました。
「こんな奴はいま食っちまおう」
もう1ぴきがいいました。
「こいつはオレのものだ、オレが食う」
「勝手なことをぬかすな、命令だ」
「やめろ、まだ食うな」
虎同士が言いあらそいをはじめました。

大笑いしたことにより、自分たちを支配していた恐怖心というものが
うすれてきてしまい、統率がとれなくなってきているのかもしれません。

虎の頭どうしが、ぶつかりあい、噛み付きあい始めました。
上の虎が下に噛み付き、下の虎は左右どちらかに噛み付きました。
ガリガリ、ゴロゴリという骨を噛み砕く音と、唸り声と、血のにおいと
牙が骨にぶつかりきしむ音がなり響きました。

虎たちは頭は違えど、体は同じです。
びくびくと痙攣を繰り返しながら、ついに虎は崩れ落ちました。

それをみて、unaは音をはずしながらも、悲しみの歌を歌いました。

 * * *

unaは、カプセルの手形が描かれている部分に、手をあててみました。
カプセルは音もなく開きました。
unaは、興味津々で覗き込みました。
プラチナ色の髪をした、自分にそっくりないきものは、ぼんやりと目をあけました。