氷の国(前編)

unaが降りた氷の国の駅は床や壁、階段からその手すりまでが
氷でつくられていました。
天井の氷は鏡のように下の世界を映し出し、上にさかさまの世界があるみたいです。

unaと一緒に駅でおりたのは、列車の中で本をくれた老人と、
荷物をいっぱいかかえた商売人だけでした。
商売人は荷物が重いのか、顔を真っ赤にして汗をかいています。

駅の中には、列車から降りたもの以外だれもおらず
氷のスピーカーからの、美しく冷たい声が案内を繰り返していました。

きらきらと光る床の上にはumaが座っていました。
「いた か」と声をあげました。
umaはunaをみつけると嬉しそうに立ち上がり
unaをひょいと背中に乗せて歩きました。
両壁の氷に自分たちの姿が反射して、
たくさんのunaたちが行進しているようにみえました。
unaはとても素敵な気分になりました。

 * * *

unaは馬上で揺られながら、少しうつらうつらとしていると
umaが歩みを止めました。
unaが目をあけると改札口でした。
氷の柵の中に、青白い男がふるえながらたっています。
老人と商売人は、もう改札の外にいました。

「お、お客さん!請求書控えをだしてください。」
とぶるっと身震いをしながら青白い男が馬上のunaにいいました。

「これか!」とunaは小切手もだしました。
 青白いは、あまりに高額な金額が書かれていたためか、おもちゃだと思いました。

「寒いんですから冗談はやめてください。う〜ぶるぶる。....いいえ、ちがいますよ、
請求書の控えです。き、き、黄色の小さい紙。はいはい、それです。」

青白い男は鼻をすすりました。

「え?
 お金をもっていないんですか?
 お金をもっていないじゃすみませんよ、無賃乗車ですよ。」

「もう早くしてくださいよ、寒いんだから....」

「氷の国に身元保証人は?」
「い、い、い、いないんですね。」さきほどから青白い男はひとりでしゃべっています。

「さむい、さむい、さむい、もう限界、もう限界」といいながら
 青白い顔をした男は、落ち着かない様子で
 ぐるぐると歩きました。

「じゃじゃじゃあ、わかった、運賃のかわりにこの馬をもらう。
 運賃のかわりに競馬場にでも売って、う、う、運賃にする。うん、決まり決まり。」

unaはとてもびっくりしました。
umaがとられてしまうというのです。
una自身はumaが自分のものだと思ったことはありません。
umaは友達なのです。

しかし目の前の男は先ほどから目がうつろになっており、限界が近い気がします。

unaは、umaの目をじっとみました。
umaはぺろぺろとunaの顔をなめると、服をくわえて
背中から降ろしました。
そして自分から、駅員室へとはいっていきました。

駅員室のちいさな窓からは、青白い男と心配そうな駅員たちの顔がみえましたが
umaはみえませんでした。
unaは事態がよくのみこめませんでした。
先ほどの老人がその様子をみていました。

とぼとぼと改札をでると、氷の断崖の下には
大きな氷の街が広がっていました。
はるか向こうには、海のようなものまでがみえました。
かすかに氷の波音がぱきん、ぱきんとなるのが聞こえます。

街の中心には、大きな広場がありました。
たくさんの氷の建物が並んでいてなかを人々が歩いています。
unaはつめたい空気を胸いっぱいにすいました。

美しい街並みでした。unaが目をこらしてみると、
建物や道路は細かな色の氷が組み合わせられて造られており、
国全体がモザイク装飾でできているのが見えました。

unaは街というものを見るのがはじめてです。
氷のベンチに座って本を読んでいるおばあさんや、
氷のグラスに入ったビールをだすカフェバールがみえました。
赤や青のマフラーをした子供たちは小さなソリを滑らせています。

しかし改札を出た場所は氷の断崖の上になっており、
下へ行く はしご や 階段 は見当たりません。
unaが困った顔をしていると
「降りるのかな?」と老人が声をかけました。

「おりる」とunaがいうと老人は、氷の壁の赤い突起をおしました。
ちょうど老人の足元の氷から黄色のきれいなゼリー状の液体が
たらりと流れていきました。
ゼリーは、むくむくと階段の形になりながら下に伸びていきます。

「ここを降りなさい」と老人はいいました。
unaはゼリーを手で押してみました。
すると ひょ というかわいい音がしました。
足をおろしてみるとゼリーはふかふかしていました。
unaと老人は ひよ ひよ と音を立てて氷の広場へと降りていきました。

広場に降りてみると、上からみていた以上に
細かな装飾が施されていることがわかりました。
看板や広告までが氷のモザイクによって図式化されています。
unaの目の前を、車(車輪のかわりにスケートの刃のようなものをつけたもの)が
滑りました。

地面は格子状になっていました。
unaは地面に寝転がってみて、面白いことに気がつきました。
地面は冷たい場所と温かい場所があるのです。
冷たい場所は固くて、温かいところはやわらかです。

unaはやわらかいところをたどって歩きました。
だんだん地面がぷにぷにとしています。
地面は広場の中心にむかってどんどんやわらかくなっていきます。
歩くと重さでちかくの穴から水が飛び出します。
unaは興奮してぴょんぴょん跳ねながら歩きました。
水しぶきが下から噴出し、あたたかい水が顔にかかりました。

unaはきょろきょろと辺りを見渡しました。
どこかにhunaがいるかもしれません。
そしてunaには故郷の仲間を救うという大切な使命があるのです。

unaが振り返ると先ほどの階段が壁に吸い込まれていきました。
気がつくと老人はいません。

氷の建物の間から、ひときわ光を反射する立派な建物が見えました。
unaは、目を細めながらその建物へと歩きはじめました。

 * * *

建物までの道は、傾斜のある曲がりくねった坂道でした。
unaの風景は紫から藍色、青から緑、黄色、オレンジ、赤へと変りました。
どうやら建物の上にある三角柱がプリズムのように色を
分けて道を照らしているのです。

unaはまぶしさに目を細めながらも
どこかに木の実がないかと思いながら歩いてきました。
しかし木の実はおろか、草ひとつ生えていません。

unaこまったと思いました。
ポッケにはあとひとつの木の実しかありません。
ここでは前にhunaに教わった おかね というものがいるのでしょうか。

unaは七色の坂道をようやく抜けると城門にたどりつきました。
門には氷の紋章が彫られていました。

城門の出窓には、ひげづらの門番らしき男がこちらをみています。

unaはひげの門番を見上げて
「うなのほし たすけください」
といいました。

「入城許可はもっているの?」とひげの門番は艶っぽい声をだしました。
unaは裏声にすこし驚いて警戒しましたが
ポケットから小切手をだして
「...これカ?」と聞きました。

するとひげの門番は辺りをきょろきょろと確かめて、
出窓から氷の棒を出してきました。
「それを棒の先にはさんじゃって!」 
とひげの門番はいいました。

unaはまた裏声にびっくりして警戒しました。
そして小さな声で「たすけくれるか?」と聞きました。

「もちろんよ!」
と今度はだみ声で、ひげの門番はいいました。

unaは喜んで棒の先に小切手をはさみました。
スルスルと棒は出窓にきえていきます。

そしてひげの門番は
「これは入城許可書ではないから開けらんない。帰って。」といいました。

unaは驚いた顔をしました。
「てがみ かえしください」といいました。

返事もありません。

「うなのほし たすけください」とunaはいいました。

すると門番は、どこかにいってしまったのか
まったく人の気配すら感じられなくなってしまいました。

unaは急激に眠たくなりました。
ふつうのunaは、1日のほとんどを寝てくらすのですが
このunaは、満足に眠っていません。
それどころか、食べるものすらたべていません。
なにか食べ物をさがさなくてはいけません。
unaはふらふらと道を戻っていきました。

 * * *

unaが七色の坂道を抜けると目の前に、とても汚い格好をした子供たちがいました。
unaよりは少し背が高い子供です。
どの子供も薄いぼろぼろのTシャツのようなものをきていて、
穴のあいた靴をはいています。
やせっぽっちな女の子もいます。
みんな寒そうにみえます。

unaはよたよたしながらその子供たちのほうへ近づき、
「うなのほし たすけ ください」と頭を下げました。

一番からだの大きく、あざだらけの男の子が
「はてはてな。どこぞからいらしてか?」と奇妙な言い方で聞きました。

unaはもう一度「うなのほし たすけ ください」といいました。

あざだらけの男の子は「まぁいいでますよ。一緒に来なされよ。」といいました。

 * * *

unaは寒そうな格好の子供たちのあとをふらふらとついていきました。
でもお腹がへっていて寝不足だったためにどこをどう歩いているのか、
わかっていません。

気がつくと、unaはスラムのような場所にいました。
建物の氷はヒビ割れて白くにごっています。
地面の氷の格子もぼろぼろと欠けています。

「そいつはなんだ、クモ?」とイスにのけぞって座っている長髪の男がいいました。
クモと呼ばれたのは、unaに声をかけたあざだらけの男の子です。
「新入りでごぜえす。」
「使えんのか?」と長髪の男は、unaをじっとみました。
unaは疲れで目をしょぼしょぼさせています。

「まぁいい」と皆に向きなおすと、大きながなり声をあげました。
「ようしガキどもよく聞けよ。」
「今日の狙いは、プラスチックだ。
そのほかにも塩化ビニル,ポリエチレン,ポリスチレンなんでも集めて来い。
こういうポリプロピレンだと高く買ってやるぞ。」と透明なチューブを見せました。
「ただぁし、ウレタンはいらん。あんなもんは売れん。以上。とっとこ集めて来い」

unaは、ぼっさりとたっていました。
「うぬしも いくでな」とクモがunaをひっぱりました。

クモたちは街のはずれに向かってずいぶんと長い距離を歩きました。
unaもその後をついていきます。
みんな真剣な表情でした。

 * * *

「まずはここいら」とクモがいいました。
巨大なごみを重ねてできた「山」の頂上には、すでに何人かの姿がみえました。
ゴミの強烈な刺激臭がしていました。

クモはみんなにボロキレを渡して、靴に巻くようにいいました。
ゴミの山は氷、ガラス、金属が重なっており穴のあいた靴で歩くのは危険です。

クモはunaの足元をみて「まっとれ」といってゴミの山を素手で掘りました。

そしてそこからぼろぼろの靴をみつけると「これ はいとれ」といいました。
子供たちはごみを掘り起こしはじめました。
unaも真似てごみを掘り始めました。

子供たちが一心不乱にゴミの掻き分け、目的のプラスチックをさがしていると
一人の子がいてぇ、と足を抱えました。
足をガラスで切ってしまったのです。ボロキレがみるみる赤く染まります。

「大丈夫でるか?」とクモが声をかけます。
もちろんクモの指先も血だらけです。

「大丈夫」とぽたぽた血がしたたるボロキレを
押さえながらその子はいいました。

クモはうなずくとまたゴミを掘りはじめました。
子供たちは、どんどんプラスチックをみつけていきました。

unaも、みんなの真似をして集めていきました。
「どだ?」とクモがunaに話しかけました。

unaはあつめたものを指差し「うまくいった」と胸を張りました。
クモは「ああれこれらは全部氷ど。まず金に無ん。」といいました。
unaは首をかしげました。
「こういんだよ」とクモは半透明のカバーをみせました。

unaは、それをじっと見てまたごみを掘り起こしました。
ほこりでのどや目が痛くなります。

氷の板を何枚もはがしていくと、奥にいままでとは違う
少し曇った透明なチューブがありました。
unaはそれをひっぱりました。
でもどこかにひっかかっているのか出てきません。
unaは小さな手で一枚一枚重たい氷の板をよけていきます。
腕と足がガクガクしてきました。
もうだめかと思った時に透明なチューブの結び目がみえました。
鉄パイプにしばりつけてあったのです。

実際にみてみると、思ったよりは長くなかったのですが
unaはにっこりとして大切にチューブをもちました。

「かえろかいよ」とクモの声がしました。

その声に集まったみんなの手には抱えきれないほどのプラスチックをもっている。
unaもチューブを1本もっています。
それをみてクモはにこりとしました。

 * * *

プラスチックを山ほど抱えて子供たちは歩きました。
足を怪我した子はクモがおんぶをしています。

今日は収穫が多かったようでみんなも嬉しそうです。
「いぁや、今日は鶏カレー食るな」と クモはいいました。
おぶられた子がヨーグルトも食べるかもしれない、笑います。
unaもなにを食べるのかを考えると
だんだん楽しい気分になってきました。
お前さまのだって、パンくらいは食べられぞと クモはいいました。

そこに黒いおおきな車が通りかかりました。
にんげろ!とクモが大きな声をあげました。
子供たちはいっせいに四方へと散りました。

このときにunaは事態が飲み込めずたっていました。

車から兵士らしき男が2人降りてきました。
ぽかんとした顔でunaがみていると兵士の一人がunaを蹴飛ばしました。
(くず拾いの子供たちはしばしば理由なき暴力の対象になっていたのです)

しりもちをついたunaは、その兵士をにらみつけました。

「なまいきな奴だ」と兵士はunaのほほを打ちました。
チューブが手から落ちました。
unaはくらくらと来ながらもチューブを拾いにいきました。

「なんだ、これ大事か」と
兵士は面白がってチューブを蹴飛ばしました。
やっとみつけたチューブです。unaはそれを追いかけました。

兵士の前でチューブをつかまえると、ゴン と上からたたかれてしまいました。
unaが いたい といってしゃがんでいると
兵士はポケットからライターを取り出し、チューブをあぶり始めました。
鼻の奥を刺激臭がついた。燃えだれがポタポタと落ちて、白く固まる。

unaは、兵士に飛びかかろうとしましたが転んでしまいました。
それをみた兵士はにやにやと笑いながら、車に戻りました。
車のまどから ぽいとチューブが捨てられました。

unaはチューブ拾いました。
白く半分以上とけてしまっていました。

車がいなくなってしまうと、みんなが顔をだしました。

 * * *

「今日は寒い」といいながら長髪の男は体にからし菜油を塗っていました。

「で、今日の収穫は?」
一人一人長髪の男の前にいってプラスチックを査定してもらいました。

子供たちは、台の上に収穫したものをのせます。
お金をもらった子供たちは、すぐさま食べ物を買いに走り去ります。
unaも溶けたチューブをもって列に並びました。

unaがチューブを台の上におくと
「なんだこれは?」と長髪の男はいいました。

unaは「ひろた」といいました。

長髪の男は「こんなもん金にならん。次の奴!」といいました。

unaはがっかりしました。
木の実も見つからず、おかねもない となると
食べることができません。

 * * *

「女王陛下とはどのような方でいらっしゃいますか?」と
緊張したおももちで、マルメル王国のコネル殿下は女宮にたずねました。

氷と金でつくられた見事な装飾のシャンデリアの間から、
みえるゆらゆらとした光が、まるで海の底を思わせるようです。
コネル殿下は、噂にたがわぬ宮殿にただ圧倒されていました。
マルメル王国は、とても小さい国でした。
この国の人たちはいろいろなものをまるめる仕事をしています。
パンの生地から、粘土、板金から新聞紙まで
さまざまなものをまるめるのです。

「コネル殿下、女王陛下とお話される時には、氷言葉をお使いください。」

侍女は声をひそめていいました。

「こ、氷言葉?」

コネル殿下の大きな声に女宮は眉をひそめました。
ここは、女王の間なのです。

「女王陛下に氷の言葉以外でお話いただくのは失礼にあたります。」
「い...いまはじめて聞きましたぞ、そのような言葉。」

侍女は首を振りました。

「どどどど、どうしましょう、
 氷の国の女王陛下に失礼でもありましたら、、、
 女王陛下がお怒りにでもなられたら、、、、
 わが国などは、ひとたまりもありません。」

「さほど難しくもありません。良いことは、冷たい言葉をつかい、
 悪いことは熱い言葉をつかえばよいだけです。
 感動した は 心が冷え切った
 面白かった は 寒かった です。」と侍女はいいました。

「そんなこといわれましても...」

コネル殿下、女王陛下の前へ、とお呼びの声がしました。

「国民すべてが路頭に迷ってしまいます。
 たたたた、助けてください。」

コネル殿下、女王陛下がお待ちです、との声もしました。

侍女もコネル殿下に根負けしてしまい、小さな紙をだしました。
「これは氷言葉の対訳表です。」

 * * *

ひんやりとした冷気がコネル殿下の首を通り過ぎました。
目の前の白い薄氷の布の向こうには、玉座に鎮座されている女王陛下の
シルエットがみえました。

コネル殿下は、片ひざをついて敬意を表し、手の中に隠した
対訳表を必死にみながら、いいました。

「は、はい。氷の女王陛下にお目通りいただき..
わが国との関係も今後ともより一層よい...ではなかった冷え切ったものに
なるよう...その。
また今宵のお食事にも、たいへん心が感動...ではなく心が冷え切りました。
しもやけになりそうなほどにです。
ええと、それから皆様のとてもさむい舞台をみまして....
クールでござりました。
まったく氷点下って感じです。笑顔も凍るです。」

あまりに不自然な氷言葉に侍女たちは目を合わせました。

「そして、あの、冷え性。いやブリザードでひんやり。チルドともうしましょうか...」

侍女たちは、この先に何をいうのか気が気でなりません。
コネル殿下は頭が真っ白になってしまい自分でも
何をいっているのかわからなく
なってしまいました。

白い薄氷の布の向こうから、澄んだ声が聞こえました。

「氷の国へようこそお越しくださいました、殿下。
笑顔が凍りつくというのは喜びが続くという意味ですね。
私たちも殿下も、恐れは必要としていません。
殿下のお国でいわれるところの両国の境界をも溶かす交流をいたしましょう。」

コネル殿下は、カチカチの心がやわらかになり
目の前がすぅっと透き通った世界に変わっていくのがわかりました。

侍女たちも自然に頭を下げました。