氷の国(後編)

「女王陛下、次が氷の女王杯でございます。」

女王陛下の美しいプラチナゴールドの髪にみとれながら司祭はいいました。
まだ若いこの司祭は、女王陛下警護を任されて天にも昇る心持ちでした。
今日は1年に1度王立競馬場で開催される氷上競馬の日なのです。

眼下の氷のトラックは、たいへん薄い強化氷でできていて
トラックの真下から歓声を上げています。
パドックでは、各貴族たちの自慢の名馬が見て取れました。

「あの茶色の馬は?」

そのうちの1頭の馬に女王陛下は興味をしめされました。

若い司祭は、緊張のあまり少し声を震わせながら応えました。

「資料によりますと...エクリプス(日蝕の意味)、今回が初レースのようです。
 馬主は、バンバリー卿でございます。血筋も出生日も不明...登録日が3日前...」

(どこの馬の骨ともわかりません)といいかけましたが
調子にのってはいけない、と飲み込みます。

「謎の馬」 と女王陛下はつぶやかれました。

 * * *

リンクの状態は良好でした。
楽隊の演奏が高らかに響き渡り、歓声は最高潮になりました。
馬鉄にスパイクをつけた馬たちが、カチャカチャとゲートにはいります。

ツララ銃の「パキン」という音が響きました。
ゲートが一斉に開き、各馬が走り出します。
エクリプス(日蝕)だけがゲートをでたところで、止まってしまいました。
きょろきょろとなにかを探しているようです。
観客はどよめきました。
中には大笑いする人までいます。
そして突然、エクリプス(日蝕)はすごい勢いで走り出しました。

最初のコーナー、各馬はスピードを押さえアウトインアウトで走り抜けたのを
エクリプス(日蝕)は、速度を落としません。頭をリンクの外側に振り、
後ろ足をドリフト気味に滑らせて走り抜けました。
ぐんぐんと加速しながら、差をつめていくエクリプス(日蝕)に
観客のだれもが、声もでずに、釘付けになっていました。
リンクは馬たちが氷を蹴る音だけがしていました。

コーナーのたびに、先行馬を抜き去り、
残り1周を残してついにトップにたちました。
観客は、一斉に大歓声をあげました。
エクリプス(日蝕)はさらに速度をあげ、他の馬をみるみる引き離していきます。
ほとんどの人がその馬券を買ってないにも関わらず、
目の前の走りに魅せられていました。

「すばらしい」と女王陛下は立ち上がられました。
あの馬を見てみた....とおっしゃいかけました。
しかし女王陛下は静かな声で、次は宮殿に戻らなくてはいけませんね。
といい直されました。

そこで若い司祭は、思い切ってこういいました。

「女王陛下、その前にバンバリー卿とエクリプス(日蝕)への
ご会釈(非公式にお会いになること)を予定しております。」

女王陛下はとても嬉しそうな顔をされました。

 * * *

王立競馬場の控え室。
バンバリー卿は、ソファーにふんぞり返りながらタバコをすっていました。
女王陛下がお入りになってもまったく気づく様子がありません。

「すばらしいレースでした」と女王陛下が声をおかけになると
バンバリー卿はタバコをくわえながら「だれだ」と顔をあげました。

そして飛び起きたバンバリー卿は見たこともないようなスピードで土下座しました。
よほどあわてていたのでしょう、
一番先に頭が床に到達し「ゴ」という音を発した後に、手がつきました。
司祭は、それをみて頭を床に打ち込むのかと思いました。

「バンバリー卿大丈夫ですか」

バンバリー卿は、ぴくりともしません。
若い司祭はバンバリー卿に駆け寄ります。
バンバリー卿は口からあわをふいて気絶しています。

(自殺でしょうか)といいたかったのですが、
不謹慎すぎる、と飲み込み「気を失われているようです」といいました。

「すぐに医療班を」と女王陛下はおっしゃいました。
若い司祭は、命じられるままに部屋を飛び出していきました。

女王陛下が、バンバリー卿を介抱していると
エクリプス(日蝕)が、しっぽを振りながら近寄ってきました。
そして女王陛下に頭をすりすりと擦りました。
女王陛下もエクリプス(日蝕)の頭をなでられます。

するとエクリプス(日蝕)は女王陛下をくわえて
ひょいと背中に乗せました。

「どうしたの」と女王陛下がおっしゃられた瞬間には、
首を一回ぶんと振り、前足でドアを蹴破り猛然と走り出しました。
階段を一気に駆け上がり、人の間を風のように突き抜けて走ります。
女王陛下を背中にのせたエクリプス(日蝕)は
なんと王立競馬場の外へと走り出してしまいました。

女王陛下を乗せたエクリプス(日蝕)はぐんぐんとスピートをあげて
鞭のように体をしならせて街を駆け抜けていきます。

女王陛下は舌を噛み切らないように必死にしがみつきました。
子供の頭を飛び越し、車を追い越し、花やのワゴンをつきぬけて
あっという間にその姿は見えなくなってしまいました。

 * * *

このエクスプリはどこに向かっていたのでしょう。
そう、unaのところです。
エクリプリは、unaと一緒にやってきたumaだったのです。
umaは、hunaの偽者と女王hunaが同じだと思い、
背中にのせて、一目散にunaのもとへ向かったのでした。

やがて女王陛下は気を失ってしまいました。

 * * *

「ひうな だいじょうぶか?」
とunaは聞きました。

「あなたは?」と聞きました。
unaは元気に「うな だ」といいました。
「じ も かける」といって
木の棒で地面に「ウナ」とかきました。
女王陛下は、よくわかりませんでしたが少し笑いました。

「ここは...どこかしら?」と女王はいいました。

「これ たべろ」といって最後の木の実をだしました。

うたうか、と目をきらきらさせていいました。
やがて調子のはずれた声を出しました。

女王陛下は状況がつかめずに困惑していましたが、
unaがあんまり楽しそうに歌うのでつられて歌いました。
とても上手な唄でした。
「ひうな うまくなつた」
とunaはいい、ますます大きな声で歌いました。

「うるせぇ!!」
とちょうど通りかかった長髪の男がだみ声をあげました。
「罰をあたえてやる」といいながら手を振り上げました。
しかし、unaと一緒にいるもう一人を見るなり、動きが止まりました。
長髪の男は、微動だにしません。

unaはそれをみて「くずひろい いくか?」といいました。

すると長髪の男が「ひぃ」と声をあげました。
「く、く、くずひろいなんか しちゃいけねぇ」と震えています。
小さな声で何度も「まずいまずいまずいまずい」と繰り返しています。

「ひろわなかつたら しんじゃう」とunaがいいました。

「チューブ代!!」と長髪の男は声を裏返していいました。
そして汗だくになりながら、ポケットをまさぐりお金を出しました。
「こ これ チューブ代 とっとけ」

unaは、うやうやしくおじぎをしました。
長髪の男は、お金をunaに押し付けると「まずいまずいまずいまずい」と
いいながら走り去っていきました。

「どうしてくず拾いをしているの?」と女王陛下がききました。

unaはすぐに ひろわなかつたら しんじゃう といいました。
そして ひろつてたら うなのほし しんじゃう ともいいました。

 * * *

umaにのったunaと女王陛下は、七色の坂道を駆け抜け
城門へとたどり着きました。

出窓から、あの門番が顔をだしました。

馬上のunaは「てがみ かえしてください」といいました。
門番は無視しました。
暗闇でunaの後ろの女王陛下が見えなかったのです。

「開門せよ!」と女王陛下はびっくりするような大きな声で怒鳴られました。
その声は、城内に響きました。

 * * *

城内は大騒ぎになっていました。

司祭たちが、数十人も列をなして走ってやってきて
ひざをつきました。
unaとumaは兵士に取り囲まれました。

女王陛下は「騒ぎをおこしてしまい申し訳ありません」と陳謝されました。

「この者はどのような方でしょう?」と司祭が聞く。
女王陛下は「私の恩人です。この方々を国賓同様におもてなしするように。」と
おっしゃいました。
兵士たちは一歩後ろにさがります。

「このエクリプス(日蝕)にはいかなる罰をあたえましょうか」と別の司祭はいいました。
「罰はいりません。この馬も国賓として接するように。」と女王は御答えになりました。

「司祭、くず拾いの子供をしっていますか?」とお尋ねになりました。
司祭が首をひねると「国をあげて取り組まなくてはなりません」とおっしゃいました。

女王陛下がunaをみると、
unaはほっぺたをふくらませて怒っていました。
なんと取り囲んでいる兵士のなかには、unaのチューブを焼いた兵士がいたのです。
unaは、「うな の くずとるな!」と大きな声でいってやりました。

「このものもくず拾いの子供に詳しいようですね。」と司祭はいいました。
チューブを焼いた兵は、顔面蒼白で小刻みに震えてしまいました。

それをみた女王陛下は、「このものがどうかされたか?」とunaに聞かれました。
unaは「わからん」といいました。
大きな声でいってやったので、もう満足したのです。

そして門番からは、なぜかひげと一緒にunaの「てがみ」も返されました。

 * * *

氷の宮殿では大々的な宴が行われていました。
お城の一部を溶かしたという特別な飲み物までが振舞われました。

お腹いっぱいたべたunaは、席上で眠ってしまいました。
ひさしぶりの眠りでした。

unaの目が覚めると、一晩中寝返りしても落ちないくらい
大きなベットで眠っていたことに気づきました。
起き上がって左右を見渡しても、ドアがありません。
なんとこの大きな部屋全体がベットになっているのです。

unaがきょろきょろとしていると、
「目が覚めた?」と丸い天井の穴から女王陛下が顔をだされました。
そこは女王陛下の寝室でした。

はしごを上り まるでマンホールから顔をだすみたいに
unaは上の部屋にでました。
そこは四方の壁にかけられた長い長い絨毯(タペストリー)だけ
しかありませんでした。

unaは女王陛下をみると、「ひうな これ なんだ」と聞きました。

女王陛下は
「これは神話の時代から今日までのいきさつが長大な絵巻物になっているの」
といおっしゃいました。
unaは氷の糸で縫いこんだ不思議な絵に興味津々です。

「かつて神々の国は平和で豊かな楽園でした。」とタペストリーの一番はじにある
鷲のマークの旗を指差しました。

「神々は、しもべとして箱に知性をあたえた。」
と 顔のついた奇妙な箱の絵をさしました。
顔のついた箱は、くもの巣に無数にぶら下がっています。
「この箱の知性は高くどんなに複雑な歌も緻密な絵も一度で覚えてしまうのです。」
「箱は不眠不休で働きました。計算をし設計をし、ものをつくり、
神々の生活をささえました。」

「うな これしってる」といいました。
女王陛下は微笑みながら、それを流しました。

「神々の箱たちは、このくもの巣をつかって会話をすることを覚えます。」
「無数の会話が昼夜を問わず、行われました。神々が眠るときも、
不在の時も、箱は会話をつづけました。」
「そしてある時に、ひとつの箱が、ほんの少しだけおかしくなってしまった。」

「ある神はその異変に気がつきました。そしてそれをほかの神々に警告したのです。」

unaは床に寝そべりながらも、女王陛下の説明をきいています。
「神々はそれがどういう事態なのか、理解できませんでした。」」
「もはやその箱無しでは、考えることすらできなくなっていたのです。」
「悲劇はおこりました。この箱たちが神々にそむきはじめたのです。」

そして、次には空に白いロケットが浮かぶ図が描かれています。

「箱の異常に気がついた一部の神々は、楽園から離れることにします。」

「うなも のった」とunaは笑いました。

女王陛下は、微笑みながら
「惑星間ロケットは現在の技術でも不可能です。これは神話なのですよ。」
といいました。

unaは首をかしげながら「これ なんだ?」 と タペストリーを指差しました。
ロケットの横には7人の科学者のような人が描かれていました。
そして真ん中には女の子が描かれています。

「氷の国をつくられた御方です。これも神話の登場人物よ。」

そして何歩も遠くに歩いて、タペストリーに編みこまれたお城を指差しました。
ここからは実話です、と女王陛下はにこりとしました。

unaはhunaのようすがおかしいと思いました。
きのこの塔から一緒ににげてきたhunaと同一人物とは思えません。
もしかすると、unaたちのことも覚えていないのでしょうか?

unaは必死で今までの経緯を説明しました。

女王陛下はそのお話を聞きながら、氷のタペストリーをみつめていました。

unaのほしが水で沈んでしまいそうなこと、みんなでロケットを積み上げたこと、
ロケットにのって飛んできたこと....。
たくさんいたunaがいなくなったこと、きのこの塔で虎から一緒ににげたこと....

その話を聞くと、女王陛下は沈黙されたままタペストリーを見つめられました。
やがて、ポツリと「知性の箱はどこにいたの?」お聞きになりました。

「うな の ほしだ。みずのなかにおちてた。」と自慢げにいいました。

「あなたののってきたロケットに何か絵がついていなかった?」

unaは、首をかしげながらとことこと歩きました。
そしてタペストリーの前で「これ」と指をさしました。
鷲のマークでした。

女王陛下は、7人の科学者をゆびで触りながら こうおっしゃいました。

「これは本当に起きたことなの?」