氷の国のお城では、緊急会議が開かれていました。
氷のお城の、氷でできた会議室のなかで、氷の円卓についた
女王hunaは、神官たちの前で熱弁をふるいます。
「一つは、ロケットにのっていたほかのunaたちが消えた、ということです。」
「二つは、una殿は氷の国にくる途中、「博物館別館前」という無人駅で下車しています。」
あそこは単なる博物館です。生き物を標本にするなんてことはやっていません。
「しかし同行者が標本にされ、小切手を受け取っています。小切手は本物です。」
「三つめは、ロケット本体も行方不明だそうです。ロケットが消える前日に
ベールで顔を覆った怪しげな老人が目撃されています。」
「四つは、氷の国の神話との類似です。
神話のなかにはロケットが登場し共通点もみられます。」
「この謎を解くために、ひろく人材を募り、本格的な調査団をつくりたいのです。」
女王hunaの強い口調に神官たちはなぜかとても動揺しているようにみえました。
ひとりの神官がしどろもどろになりながらも、手をあげました。
「ええと、あの陛下、お言葉ではありますが、
その現実的な審議も差し迫っておりまして、、そうだ。
まずは来期の課税対象について審議すべきです。そうしましょう。」
すると、他の神官も手をあげます。
「課税などは下院での採決後でよいでしょう。陛下、
いそぎは都市開発計画の変更について...」
「交通法の再検討が急務です。流通のインフラ抜きにしては..」
次から次へと反対意見が述べられます。
(簡単にはいかない)と女王hunaは思いました。
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そのころunaは女王の間でhunaの帰りをまっていました。
寝室には、氷の国一番のおしゃべりといわれる侍女がきていました。
hunaがunaを退屈させないようにと呼んだのですが、
あまりのおしゃべりにunaは閉口していました。
unaにかまわず朝からずうっとひとりで喋りっぱなしです。
「神官がねぇ、もう保守的というかなんというか、融通がきかないのよ、
もうちょっと、パッ、パッやんないとだめよ。ほらさっきいった
若い神官のコが公務に遅れたときなんか...」
話題は脈絡がなく次から次へと変わっていきます。
「huna女王様は最高よ。ええとね、試験のときからちがっていたわ。」
興奮して早口でまくしたてます。彼女は興奮すると
すこし白目をむいたような顔になります。
unaはそれがちょっと怖くてあまり顔がみられません。
「女王の候補者が集められた時に、はじめて見たの。
同じ年頃の女の子が何十人といるのにそこだけ違う空気だった。
はぁ〜ってため息がでるくらい、キレイで、かわいくて、
ひとりだけ別世界のいきもののようだった。」
「そして試験がはじまった後よ、お城中大騒ぎになったの。
すごかったわ。寝たきりの老神官まで
走っていったんだから。それは冗談だけど。そして美しさだけじゃなかったのよ。
どの試験も一番だって、結果がでるたびに、みんな大騒ぎ。
神官たちにすれば、今後自分たちが仕えていく
女王様が決まるんだからみんな興味あるのよ。
しかも、前の女王様が怖い人だったでしょう。
もう、あんなのは嫌だって、、、私がいったんじゃないのよ、そういう、噂、噂よ。
でね、記憶力の試験も一番、暗闇でひとりでいる試験も一番、
秘密を守り通す試験も。。。」
unaはもぐもぐと、トーストを食べながら話を聞いています。この話は3回目です。
「ええと、どこまで話をしたんだっけ?だんだん立ちくらみしてきたわ。そうそう…」
と床に腰掛けながらもまだ話を続けます。
「もぅ、この国始まって以来の天才だってみんないっていた。しかも、しかもよ。
女王陛下になられてからが、すごい人気よ。
失業率、景気、貿易と次から次へと、どんどん、どーんって問題を解決していったわ。
先代の女王様は、不思議な力があるとか、
なんとかだったけどそんなのいらないのよ。huna女王様が最高。」
「だからhuna女王様はずっと引退させたくないって、みんながいっているわ。
女王は引退すると、国外で暮らさなくてはいけないの。
無理かもしれないけど、huna様はずっと、引退されないで、女王様でいて欲しいわ。」
と侍女はうっとりとした顔でいいました。
しゃべり続けた侍女は、ついには床に仰向けになってしまいました。
あれだけしゃべったりので酸欠になったのかも知れません。
unaはそーっと侍女の顔を覗き込みました。
やや沈黙がながれた後「そういえば、氷の海って知ってる?氷の海って...」
と仰向けのまましゃべりはじめました。
unaはミルクをのみながら、はやくhunaが帰ってこないかなと思いました。
お城の窓からは、夕焼けの空がみえました。
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その後も緊急会議は続き、次から次へと反対意見が述べられます。
(なぜここまで反対されるのか)と女王hunaは思いました。
この心の奥の違和感はなんなのでしょう。
突然、会議室の氷のドアが開きました。
割と中年の兵士があえぎあえぎながら「ほっ ほふ ほぉ」となにかを言おうとしています。
しかし兵士はどこから走ってきたものか、うまくしゃべることができません。
神官たちと女王hunaの視線を一身にあつめ、
会議室には兵士の呼吸音だけが響きました。
兵士は「ほ ほほう ほうおうさま 法王さまが こ こら こあら こら 来られ ます。」
それから
お城は大混乱に陥りました。
「法王」は氷の国だけではなく各国の神官の頂点に君臨する人物で
たいへんな影響力をもっています。
その「法王」がもう少しで氷のお城に到着するというのです。
やむなく女王hunaも会議を中断し「法王」を出迎えるために指揮をとっています。
降って沸いたような話にみな浮き足立っています。
「法王様はいま、おひとりで国内を視察中だそうな」
「お城には明日はいるらしい」
「まさかhuna様も退位させられることはないよな」
「めったなこというんじゃないよ」
「だって火の国の国王が法王様がきて平民に落とされたって」
女王hunaは、お城の混乱を横目にため息をつきました。
これではロケットの話どころではありません。
その日の夜遅く、hunaはunaの待つ部屋に戻りました。
hunaの手には、法王をもてなすための古い記録簿をたくさん抱えています。
本当は一分の時間も惜しいところですが、一度unaの様子を見に行こうと思ったのです。
長い長い廊下を歩きながら、考えました。
ロケット探しがすぐできないと知ったら、unaはどんな顔をするのでしょう。
hunaは、すこしためらいましたが、思い切って勢いよくドアを開けました。
「ゴン」という鈍い音と「ぎゃ」という声がしました。
慌てて部屋にはいると、侍女が頭を抱えてうずくまっています。
ちょうど侍女が仰向けになっていた位置がドアの近くだったのです。
「大丈夫?」とhunaはあわてて侍女を抱えました。
「ああ、女王様。このような姿でお恥ずかしい。あいたたた。」
とかすれた声でいいました。
「痛がっているところ申し訳ないのだけど、すこし外してもらえる?」
「はい。わたしにできることならなんでも、できないことでもそれなりに。」といいながら
おしゃべり侍女はでていきました。
「遅くなってごめんね。」とhunaはいいました。
「どう か?」とunaは不安そうな顔で聞いてきました。
hunaは嘘をいってはいけないと感じました。
「ロケットは、すぐに探せなくなった。」といいました。
unaは、じっとhunaをみました。
そして「わかつた」とunaはいいました。
unaが平気な顔をしていましたので、hunaは少し安心しました。
「すぐに戻らなきゃいけないの。」とhunaはいいました。
「時間がかかるかもしれないけど、必ずロケット探しするから」といいました。
「あり がとう」とunaはいいました。
「そうだ、たいくつだったら町にいってもいいのよ。その時は侍女にいってね。」
コクリとunaがうなずくと、hunaは足早に戻っていきました。
扉が閉まると、unaは部屋のはじっこにいって泣きました。
しかしすぐに涙をふきました。
こうしてはいられません。
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unaは一晩かけて旅に必要なものを集めました。
こっそりと女王の間から抜け出しお城の倉庫に忍び込みます。
しばらく探すと麻袋の中から防寒服とちいさなピッケルとテントとカンテラをみつけました。
食べものは食堂にいって食べ残しを集めました。
食べ残しといってもお城の食事は豪勢なものばかりです。
パンからお肉からお菓子までたくさん袋に詰めました。
しばらくはこれでやりくりできます。
unaはお金をもっていないので、女王の間に「例の小切手」を置いてきました。
hunaに手紙もかこうと思ったのですが、まだ自分の名前以外はかけないので、
最後にお別れをしなくてはいけません。
お城のどこを探してもhunaはいません。
もしかするとかくれんぼをしているのかとunaは思いました。
散々探し回りunaは礼拝堂の前に立ちました。
黒い大きな氷の扉がつけられていて、扉の隙間からぼんやりとした光が漏れています。
unaは力をこめて扉を押しました。
礼拝堂のなかは蝋燭のゆらめきが浮かんでみえますが暗くてよくみえません。
「ひうな」と小さくいってみました。
「うな?」とhunaの声が聞こえました。
こんなところで何をしているのでしょう。unaは目を慣らそうとまばたきをしました。
「かくれんぼ か?」と声を潜めて聞きます。
hunaはそれには答えずに「どうしたの?」と聞いてきました。
「うな ちょっと いってくる」
「町に?」とhunaが聞くとコホン、という咳払いを神官しました。
「あとでね。」とhunaはいいました。
unaはうなずいて礼拝堂をでました。
扉を閉めると、どこかでみたことのある老人がたっていましたが
unaは気にしませんでした。
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氷のお城をでるのは簡単でした。
お城の中は浮き足立っていて、だれもunaのことなど気にしていません。
unaはお城をでて、まず海の方向へ歩き出しました。
おしゃべりな侍女が、氷の海のうえを歩くことができるといっていたのです。
そしてずっと歩いていくと、地上へと出られるらしいのです。
こちらにいけば故郷の星を助けられるものがあるのか、わかりません。
しかし動かなくてはすこしの可能性だってなくなってしまうでしょう。
unaはリュックのなかから、さっそくおやつを出して歌いながら歩きました。
夕方近くになるころ、unaは氷の海につきました。
平地も海もすべて凍っているなか、海だと気づいたのはある地点を境に
とてもあざやかな青い氷が広がっているのです。
さらに海の表面だけしか凍っていないらしく、ゆっくりと氷の波が打ち寄せています。
氷の波の音が ぱきん、ぱきん、と響きます。
おそるおそる波のうえに立ってみましたが、思った以上に滑ります。
unaは長靴をはいてはいましたが、長い道のりになりそうです。
氷のうえをよたよたと歩きながらhunaのことを考えました。
hunaにはhunaのやることがあると思いました。
unaにもやることがあるのです。
それはロケットとみんなを探すことです。
そして故郷の星に残した仲間を助けることです。
氷の下を大きな魚の影のようなものが通り過ぎました。
あんなのが氷をやぶってでてきたら、一飲みにされてしまいます。
unaは少しだけ不安を感じながらも、一歩一歩バランスをとりながら歩いていきました。
眠たくて眠たくて目がしょぼしょぼしてきました。
気がつけば、あたりは暗くなっています。
今日はこのあたりで眠ろうと思いました。
生あくびをしながら、氷の上にテントをはりました。
テントにはいっても、体はガタガタと震え、吐く息も白くなっています。
そこでカンテラをもってきて少しでも暖をとろうと思いました。
unaはリックサックのなかにある干しぶどうを食べました。
すると疲れと寒さにまぶたが重くなり、いつの間にかunaは眠りこけてしまいました。
そして
気がつくとunaは、氷の海の底にいました。
ごぼごぼごぼ、という音が暗く冷たい海の中に響きます。
くるしい、とunaは思いました。
そして目の前には大きな魚が大きな口をあけていました。
カンテラをつけたまま眠ってしまったので、その明かりをみつけた魚が
氷をつきやぶったに違いありません。
視野のほとんどが大きな魚の口になったときにunaはhunaの顔を思い出しました。
unaは最後の息を使って氷の海の底で「ひうな たすけて」といいました。
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