目撃者

(すこしだけ時間を戻したところの氷のお城。)

緊急会議の途中に抜け出し、女王の間のunaに会いにいった帰りです。
ロケットをすぐに探せない、といったときにunaの表情を思い出しました。
そして、これからやってくるという法王のことを考えました。

(そうだ)と女王hunaは思いました。
法王に直接話をすればなんとかなるかもしれません。

ただ、一点気になることは「なぜ突然法王がくることになったのか」ということです。
以前法王が訪問されたのはhunaがうまれるずっとずっと前のことです。
古いお城の記録簿を調べ法王をどのようにもてなすのかの指示をだしながら
(なぜ法王がきたのだろう)と考えました。

法王の食事会では食事規定と呼ばれるものがあり、
たとえば豚肉を食べることを禁止しています。
牛肉は使えるのですが、完全に血抜きがされたものに限ります。
また自然死した肉を食べるのも禁止されております。
それ以外にも肉と乳製品を同時に食べてはならない、
などさまざまな規定があるので
調理師たちは、比較的規定の少ない野菜と魚をつかった料理をつくりました。

規定により食事は日没前に済ませる必要があるので、
まだ日が高いうちから食事会を開催することになりました。
昼とはいえ礼拝堂はやや薄暗くたくさんの蝋燭が必要です。
この日のために古い木のテーブルをつなげた長テーブルが用意されました。
予定ではもう到着してもよい頃です。
神官規則によって出迎えを禁止されているため
テーブルについて待つしかありません。
女王hunaはあらためて皆の様子を観察しました。
神官たちはすっかり舞い上がってしまっています。
ある神官は緊張のあまり花瓶の水を間違えて飲んだり、
別の神官は椅子と間違えてとなりの神官のひざに座ったりしています。

礼拝堂の氷の大きな扉がゆっくりと開くと、風が通ったわけでもないのに
蝋燭の炎がはげしく揺れました。
女王hunaをはじめ、神官たちも深々と頭をさげました。

「ひうな」とどこかで聞いたような声がします。
「うな?」と声をひそめて聞きました。
unaが暗い部屋に目をならそうとまばたきをしながらたっていました。
「かくれんぼ か?」とunaはさらに声を潜めて聞きます。

hunaはそれを聞いて、すこし心が緩みました。
みんなでこんなくらい部屋に声を潜めているなんてかくれんぼみたいです。
ただ、いまはそんなことはいっていられません。
「どうしたの?」とhunaはききました。

するとunaはふつうに「うな ちょっと いってくる」とだけいいました。

「町に?」とhunaが聞くとコホン、という咳払いを神官しました。
「あとでね。」とhunaはいいました。
unaはうなずいて、氷の扉をしめて帰りました。

しかし、閉まるなり扉がまた開きました。
そこには法王が立っていました。
浮き足立っていた神官たちも、法王の異様な服装に息をのみました。
真っ黒な修道服を頭まで深々とかぶり、
わずかにみえる顔にも黒いベールをしています。
手には黒い手袋をはめています。
この姿をみて女王hunaはまさか、と思いました。
ロケットと一緒に目撃されている顔をベールで隠している
老人のことを思い出したのです。
(そんなはずはない)と気を取り直し、古い作法に基づき頭を垂れました。
神官たちもそれに続きます。

法王は無言で片手をあげ、一番奥の正面の席に座りました。
同時に神官たちの祈りがはじまります。

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静寂のなか蝋燭はゆらめき続け食事会がはじまりました。
女王hunaは法王の席の対面、つまり一番手前側の正面です。
法王は一言も発せずにベールの下から器用に食事をしています。

仮に、と何度も頭で前置きをしてから女王hunaは考えました。
(もしもロケットの近くで目撃された老人が法王だとしたら…
この国に来た理由はunaを追いかけているのかもしれない…
いや、奇妙な老人の話はほかでも聞いたことが…
そうだ、列車のなかでunaに本を渡したという老人…)
これは矛盾している。
unaを捕まえるなら列車の中で捕まえるほうが簡単です。
やはり自分の杞憂だ。
女王hunaはそう考えました。

そのころには、無音の食事会は終わりました。
女王hunaが合図をして食器がさげられはじめました。
(どのタイミングで切り出すべきか)と女王hunaは考えました。

するとふいに
「女王よ、そなたの信ずる道は民の心にそむくなり。君子たるもの、
世の幻に囚われてはならぬ。」と威厳のある低い声がしました。法王です。

(これはロケットの話だ)と女王hunaは思いました。
神官たちのネットワークは強固とは知っていながらも、
これほど早く伝わるものかと驚きました。
信頼していた神官たちの別の顔をみてしまったような複雑な思いが去来します。

「法王様、私は国の未来を定め、進むことこそ女王の役割と考えております。
 ロケットの問題を明らかにすることにより、大きく未来は変わると思うのです。
法王様のご助力をお願いいたします。」

「現在の幹を断たれば、未来の葉も枯れん。
身近で小さき事に尽力せよ。ロケットなど幻よ。」
「しかしながら法王様、星がひとつ死んでしまうかもしれないのです。」

「女王よ、小事に囚われるな。ただ大きな教えに従うべし。」

「困っているものを見殺しにするような教えであれば従う気はありません。」

「そなたの発言は国家元首としてふさわしきものではない。
従えないのならば、女王を退位せよ。」というなり、席を立ちました。
女王hunaも神官たちも呆然としながらも深く頭を下げました。

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冷たい氷の海の中で大きな魚が口を開け、unaをかぶりと飲み込みました。
unaは気を失い、そして、だれかが呼ぶ声がします。

「ウナ、大丈夫?」と hunaは心配そうに覗き込みました。
unaは、顔面蒼白になりながら、目を見開いてhunaをみました。
夢をみていたのです。
ここは氷の海の上のテントの中で、風の音がごうごうと聞こえます。
氷の海の中に落ちるのは、夢だったのかとunaは思いました。

しかし、なぜお城にいるはずのhunaがここにいるのでしょう。
これも夢なのでしょうか?
unaはがたがたと震えながら「ど した」と聞きました。

「どうして一人でいくの?」とhunaは強い口調でいいました。
「めいわく かけた」と鼻水をたらしながらいいました。
unaは寒さと不安で涙まででました。
hunaはunaの手をにぎりました。
そして「女王は辞めてきたの。」とhunaがいったのでunaはおどろきました。
「外の馬車だけが全財産よ。」とhunaは微笑みました。

unaがテントからでると、そこには大きな馬車とあのuma(馬)がいました。
uma(馬)はunaをみると嬉しそうにいななきました。
unaは「いたのか!」と大喜びしました。

大きな馬車の座席は4〜5人は乗れそうなほど大きく、
横には組み立てボートまでついています。
荷台には、たくさんパンや、乾燥させた果物のお菓子、ビンにはいったジャム、
コーヒー豆やお水、塩やコショーに、唐辛子、
さらにはお鍋や虫眼鏡や杖などが積んでありました。
奥にはドレスから平服などがかけてあります。

「いそいでいきましょう。ロケットの目撃者がいるのよ。」

uma(馬)は、大きな馬車を軽々とひいて夜の氷の海の上を
すべるように走り抜けました。
氷の海は地上へと急な登り坂になっているのですが、
uma(馬)はかけ上げっていきます。
unaは毛布にくるまって、くーくーと寝息をたてています。

hunaは白く凍る海をみました。
城を出る前に近しい部下たちに国を離れることを伝えました。
「女王不在で国はどうなるのですか!」と大臣はいいました。
「女王の重責から逃げるのですか?」とある部下はいいました。
「あまりにも無責任すぎます。」と神官のひとりもいいました。
hunaはその言葉をなにもいわずに聞きました。
おしゃべりな侍女だけは「お体に気をつけてください。」といいました。

凍った波の凹凸が月の光をいくつも映しました。
自分の信じた道だ、とhunaは思いました。
ならばその道を進んでいこう。
それに自分を信じてくれる人が一人でもいる。
それで充分。
そう思うころには空も明るくなっていました。
馬車はいつの間にか氷の海を駆け抜けていました。

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目の前には、広葉樹の森が広がっています。
人の往来があるのか、割とひろいけものみちができていました。
森の奥からは野鳥の声が聞こえてきます。

「この森をぬけた湖のほとりに、目撃者がいるの。」

森に入ろうとすると、unaは魔法瓶をとりだして
おひさまにむけて、すばやくふたをしめました。

「なにをしたの?」とhunaは聞きました。
「おひさま を とつて おく」とunaはいいました。
「あとで分けてね」とhunaは笑いました。

馬車の上で、朝食をとりながら、けものみちを進みました。
unaはパンに苺ジャムをつけて食べます。
hunaは冷たいコーヒーを飲んでいます。
道のりは思っていた以上に快適です。
空気が澄んでいて涼しくて、unaはなんだかゆかいな気持ちになってきました。

unaたちの目の前を鹿(シカ)の群れが通り過ぎました。
一匹の子鹿が、馬車の後ろを走ってきます。
hunaが馬車の速度をゆるめると
子鹿はunaへと近づいてきて鼻をひくひくさせました。
どうやらジャムの匂いが気になるようなのです。
unaはスプーンにジャムをたっぷり取り出し、子鹿の顔の前にだしました。
子鹿はぺろぺろとジャムをなめました。
かわいらしい姿にふたりの顔もほころびました。

その様子を見ながら「もくげきしや だれか」とunaは聞きました。
「ネムルさん、というおじさんよ。夫婦で森に住んでいるの。」

「ただロケットを見た後に、奇病にかかってしまっているそうよ。」
そしてhunaはちょっともったいぶって、こういいました。
「ネムルさんは謎の老人もみているの。」
でもちょうどunaは大きなあくびをしていて聞いていませんでした。

「とにかく、すすまなきゃ解決しないわね。」と何度も頷きながらhunaはいいました。
unaはよくわからないけどhunaが一緒でよかったと思いました。

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森を抜けると、そこには大きな湖がみえました。
湖の表面は光をきらきらと反射させながら、まわりの白樺の木を映します。
湖から少し離れた場所に、木で出来た小さな家がありました。
「ここがネムルさんの家だわ。」とhunaはいいました。

「それにしてもきれいな場所ね。」とhunaはあたりを見渡しました。
hunaには珍しい風景なのか、すっかり見惚れてしまっています。

unaは、馬車からuma(馬)を離して湖のほうへ歩きはじめました。
uma(馬)に水を飲ませてあげようと思ったのです。

すると「そっちにいってはだめ!」とhunaはいいました。
「湖に大きな魚がいるのよ。」

「さかな なんて へっちゃらだ」とunaはいいました。
そういった瞬間、ざっぷ〜んと湖に水柱が立ちました。
とんでもない大きさの魚の顔がみえたのです。

「湖の底におなかがつくほど大きな魚で
他の魚を全部食べてしまって、陸の生き物を狙っているんだって。」
unaは目を丸くしました。

unaたちは、小さな家の木でできたドアをノックしました。
すると少しやつれた女の人が顔をだしました。

「突然の訪問ですみません。私たちはロケットの調査をしているものです。」
「ネロンさんにお話を聞きたいのですが、よろしいですか?」とhunaは聞きました。
(女王です、と自己紹介していたときのようにはいかないだろう)とhunaは思いました。

ネムルさんの奥さんは「そうですか」と力なく答え、ドアを開けてくれました。
簡素なカウンターテーブルとイスがあり、床は古いながらも清潔でした。
そしてベットには、実直そうな、やせた男が横になっていました。
「ちょ→U悪レヽωナニ〃∋Йё→」
「私は奇病にかかっておりまする、といっています。」と奥さんがいいました。
ちょっと可愛い言い方をするのでunaは驚きました。

「ネムルさん、ロケットを見たときのことを教えていただけませんか?」
とhunaは聞きました。

「妻レニぉUゃれ±せτぁけ〃ナニレヽ」
「すみません、たぶん聞こえておりません。」
とネムルさんの奥さんは頭をさげました。
「こレヽ⊃を楽±せτゃりナニレヽ★」

「すみません、このようなものしかありませんで」といってネムルさんの奥さんは
コップにお湯をいれてくれました。
そして「私のわかる範囲であれば、お答えいたします。」
といい古びた椅子に腰掛けました。

「森の奥でロケットを見つけた、と興奮して帰ってきました。」

ネムルさんの奥さんは、じいっと一点を見つめながら話をします。

「そして主人は家に、カメラをとりに戻ってきました。
 そして帰ってきたときには、カメラは持っていなく、こうなっていました。」

「その時になにかお話はされましたか?」とhunaはききました。

「はい、かなり興奮して、早口だったのですが、
ロケットのなかから修道服のようなものをきた老人がでてきた、といっていました。」

「もしかすると、黒い修道服に黒いベールで顔を隠しているのではありませんか?」
とhunaはききます。
「さぁ、そこまでは聞いていないのでわからいのですが、その老人の後ろを
 ちいさな女の子たちがフラフラと歩いていった、と聞きました。」

「うな たち だ!」unaは叫びました。

「その女の子たちはどこへいったか、わかりますか?」

「いいえ」とネムルさんの奥さんは首を振りました。

「ただ推測すれば、、、もしかすると北の方角だと思います。
人目をはばかるのなら北の方角です。森しかありませんから。」
hunaはすこしがっかりしました。これでは手がかりになりません。

「黒い修道服の老人をほかでも見たことがあると
聞きましたがどこでみたのですか?」
とhunaはききました。
hunaが受け取った報告書は、ロケットを中心に調査された報告書だったせいか、
このあたりが詳しく記載されていません。

「黒い修道服の老人は、香水師の所でみたことがあるのです。」

「香水師ってまさか、「香りの国の香水師」?」
「だれ か?」とunaは聞きました。

「ここから北へ進んだ場所に「香りの国」とよばれる場所があるの。
 世界中の香水は、すべてここで生産されたものなのよ。
調香師(香水を調合しつくる人)、香りの鑑定士、香りの商人たちの
憧れの国なの。そしてその頂点に君臨するのが「香水師」と
よばれるマスターなのよ。」
とhunaはいいました。
unaは長すぎてよくわかりませんでしたが、一応頷きながら聞きました。

「そうです。なんでも香水師さまが桃とスズランの花が大量に必要とのことで
 私たちは森で花を集めて買っていただきました。」
とネムルさんの奥さんが続けました。
「香水師様は国の離れ孤島に住んでおられまして、
そこで見かけたことがあるのです。」

unaとhunaは顔を見合わせました。この話は聞いたことがありません。

「だから香水師さまのところへ行きたいのですが、
簡単に入島許可がでないのです。
こっそり入ろうにも、香水師様は島に近づくものの匂いは
すべてわかってしまうのです。」
 とネムルさんの奥さんはいいました。
 
「無理にでも入島して、香水師に事情を話したら
わかってくれるのではありませんか?」
とhunaは聞きました。

「いえ、その前に警備兵に捕まって香りの牢獄にいれられます。
香水師さま自らに会うことは本当に難しいのです。」
とネムルさんの奥さんはいいました。

hunaは、しばし無言で考えていました。
unaが三度目のあくびをした時、ようやく口を開きました。

「わかりました。私たちが香水師のところへ行って見ます。 」