地図をみるとネムルさんの家から、香りの国まではそう遠くはありませんが
湿原地帯を抜けていかなくてはいけません。
湿原とは、地面がやわらかい泥炭でできている草原で、まるで水没していく
林のような場所です。
それからしばらく進むと、木のうえに水鳥がとまっていました。
木でできた簡素な看板には「香りの国」とだけかかれています。
まわりを見回してみると、水草や藻の沼の上に林があるみたいにみえます。
「ここは湿原ね。」とhunaはいいました。
湿原には馬車がぎりぎり通れるくらいの道がついています。
「対向車でもきたら大変ね。」とhunaはいいました。
「みずによければ いい んだ」とunaがいいながら湿原を歩こうとしました。
あわててhunaは「道以外をあるいてはだめ!」といいました。
「地面が抜けて沼にはまったら助からないのよ。」
unaは不服そうに「およげばいい」といいました。
「ちがうのよ。落ちたら手や足に水草や泥がからまって動けなくなって、
しずんでいくの。」
unaは驚いてあわててhunaの後ろに隠れました。
一寸先は底なし沼なのに、馬車をひくuma(馬)は大変なスピードで走ります。
最初は驚いて外をみていたhunaですが、ここはuma(馬)を信頼するしかありません。
それに万が一、対向車がくることを考えれば、
少しでも短い時間で渡り切ったほうが安全です。
「なんで はなれじまに いるのか?」とunaは聞きました。
「たぶん、ほかの匂いがない場所に住んでいるんだわ。
香りの国は匂いであふれているの。
うきうきする香り、せつなくなる香り、元気になる香り、
町を歩くだけで気分が変わってしまって大変よ。」とhunaはいいました。
「それにしても匂いで上陸を監視するなんて、これ以上ない方法ね。」
「うな いいこと かんがえた」
「ふくろに はいって いけば いいんだ」unaは得意げに、hunaにいいました。
「匂いの分子はとても小さいから、呼吸ができる素材の袋なら匂いは漏れてしまうわ。」とhunaは首をふりました。
unaは「ちぇ」といいました。
「どうやって上陸するかを考えなきゃね。」
女王のころであればすぐに上陸許可が出たに違いありませんが、
そんなことを考えても仕方ありません。
と、突然バラの香りがただよいはじめました。
hunaが馬車から外をみると、湿原にたくさんのバラの花が浮かんでいます。
香りの国の都市部に近いようです。
hunaは馬車の奥から、とっておきの香水を取り出し、
unaの服と自分の服にふりかけました。
「ちょっとだけ楽しみね。」とhunaは笑いました。
「うな は くさい の いや だ」と少し不機嫌です。
unaは香水の匂いがあまり好きではありません。
香りの国の都市部の入り口には検問所がありました。
ここでは街にはいる全てのものの匂いがチェックされ、
ひどい匂いのものは持ち込むことができません。
unaたちも香りの検問を受けて無事に入国となりました。
検問所を抜けると、なんとも気持ちのいい香りがしました。
草と太陽と土の匂いがかすかに感じられる自然な香りです。
これにはhunaはもちろんunaも喜びました。
後ろにつづいたuma(馬)も嬉しそうにいななきます。
街並みは美しくさまざまな香りに彩られています。
香りの国らしく、区画ごとに香りの使用制限があります。
アロマ地区、シトラール地区、アンバー地区などの中心街のほかに
一般人の立ち入りが禁止されている
焦燃地区、にんにく地区、動物臭地区、酸地区、腐敗地区、
硫黄地区、ベンゾチアゾール地区
などがあります。
天然香料を扱う高級店や比較的安価な合成香料専門のショッピングセンターなど
ほとんどが香りに関連するお店や施設ばかりです。
どのお店の前も華やかな香りがただよい、通るだけで幸せな気持ちになってきます。
香りの広場には、生きる伝説といわれる「香水師」の銅像がありました。
大柄な男性の像でまるで仙人のような風貌をしています。
銅像には「香りは調和をもたらす」との言葉が刻まれています。
「これが香水師ね。」とhunaは銅像を見上げました。
大きな鼻とするどい眼光がただならぬ才能を感じさせます。
「こんな人が仲間になってくれたら、探し物はラクね。」とhunaはいいました。
unaたちは、さまざまな香りを堪能して香りの街を抜けました。
(そのころにはunaはすっかり香水の匂いが好きになってしまいました。)
香りの街から森をひとつ越えると海岸にでました。
そこから肉眼でも離れ小島がみえます。
距離だけの問題なら、泳いでだってたどり着けなくもありません。
街を歩きながら上陸方法を考えていたのですが妙案が浮かびません。
なんにしても、ここからはボートで進むことになりそうです。
unaとhunaは馬車から組み立てボートを降ろし、
馬車を森のなかに隠すことにしました。
馬車を隠した場所にはどんぐりがたくさん落ちていました。
「ねぇ、森の木の実をたべてみない?」とhunaはいいました。
いまは収入のない二人です。いつまでも馬車の食料を食べているわけにいきません。
「さんせ〜い!」とunaはいいました。
馬車からなべをもってきて、どんぐりを煮込んでみることにしました。
肉眼でも見えるところに香水師の島があります。
ここから見る限り緑の豊かな小さな島にしかみえません。
このどんぐりを煮込んでいる匂いも察知されているのだろうか、とhunaは考えました。
十分どんぐりが煮立ったところで、お皿にとりだしました。
調味料をかけようかとも思ったのですが、hunaにとってはじめての自然食です。
そのまま食べてみようと思いました。
「それでは、いただいてみましょう。」
あつあつのどんぐりの皮をなんとかむいて、
unaもhunaも勢いよく口の中に放り込みました。
その苦かったこと!
口全体に渋みがひろがってとても食べれたものではありません。
hunaはunaをみました。
unaは嫌な顔をしながらも口を動かしています。
hunaはそれをみて、吐き出すわけにもいかず噛まずに飲み込みました。
今後は自然食になれるだろう思うのですが、hunaは少し気が重くなりました。
(こんな苦いものをおいしく食べる人がいるのかな…
いるとしたらどんな味覚の人なんだろう…
そんなひとがいるなら見てみたい…)とぼんやり考えていましたが
ある考えが閃きました。
「匂いを消すには無理。だったらありえない匂いを持って
この匂いは何者だ?と興味をもたせるようにしましょう。」
unaは森のなかで、鼻をひくひくさせ、匂いの強い木の実や
きのこを片っ端から集めました。
hunaは、パンをこんがり焼いて、コーヒーをいれました。
そしてパンのうえにたくさんの木の実をのせ、きのこ入りのコーヒーを
パンにかけ始めました。
「くうの か?」とunaは不安な顔を浮かべました。
目の前にある料理はとてもおいしそうにはみえません。
さらにhunaはパンに何種類もの香水をかけました。
その奇妙な料理は複雑な匂いを発していました。
まるで怪獣がつくった料理のようです。
怪獣料理ができると、ボートにunaとhunaとuma(馬)が乗り込みました。
先頭のhunaがひどい匂いの料理をもち、unaがボートをこぎます。
uma(馬)はひどい匂いから顔をそむけ休んでいます。
hunaは、色とりどりに咲く海中花がみていました。
そのはるか下に氷の国があるのだとおもうと不思議な気持ちになります。
波も比較的穏やかで、この分であればすぐに上陸できそうです。
「だれ も いない」と島の海岸をみたunaはいいました。
「大丈夫。銅像には香りは調和をもたらす、って書いてあったの。
調和を重んじる人が私たちを放ってはおかないはず。」とhunaはいいました。
hunaの言うとおり、島にはあっけなく上陸できました。
島の中央部分にはピンク色の建物がポツリとみえました。
煙突からはオレンジや黄色の煙がでています。
unaたちは静かに静かに一歩ずつ慎重にちかづきました。
そして長い時間をかけて、ようやく建物の入り口に到着しました。
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建物の中にはいると、そこには桃がどっさりと積んでありました。
unaは大喜びして食べようとしましたが「勝手にとっちゃダメよ。」
とhunaに注意されました。
その後も苺の部屋、ぶどうの部屋、りんごの部屋でも
unaは注意され、しぶしぶ従います。
でも唐辛子の部屋にはいったときに、hunaがみていなかったので、
こっそりポッケに唐辛子をいれました。
どの部屋も、独特のにおいが立ち込めていて、頭がぼんやりしそうです。
unaたちは、なるべく息をとめるようにしながら、一番奥の部屋へと進みました。
そこは蒸留室でした。
部屋には大きな鉄のタンクが置かれ、パイプからは水蒸気が噴き出しています。
甘いバラの匂いが立ち込めていました。
そこには、まるで仙人のような風貌の男がたっていました。
大きな鋭い鼻が怒っているようにみえました。
「よりにもよって、こんな時にくるものがおるとは。」と男はつぶやきました。
「まったくひどい組み合わせよのう。」男は不機嫌そうな声でいいました。
「おおかた、こういうことだろう。珍妙な香りをつくり、わしに興味をいだかせ、
途中でつかまらないようにした。」
「そのとおりです。無礼は申し訳ありません。しかしどうしてもお目にかかりたく
あのような匂いを持参してまいった所存です。」
「お前たちは今がどういう状況か、わかっていないのだな。」と香水師はいいました。
「私たちがここに来たのには理由があります。」
「少し前に、この星にロケットが不時着しました。
そしてそのロケットは乗員1名を除いてロケットごと行方不明です。
ロケットを目撃したネムルさんは、直後に奇病におかされました。
そのすべてに、修道服をきた老人が目撃されています。
その老人がこの島にやってきたと、ネムルさんの奥さんから聞きました。
だから、この島にやってきたのです。」
「ネムルが、奇病?」
「おかしな言葉を話すようになったのです。」
香水師は深くため息をつきました。
「やれやれ、これでは死ねんではないか。」
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「まったくひどいタイミングでお前たちはここにきておる。」
「いまこの島に大蛇が近づいてきておる。
とんでもない大きさの蛇でな。ここらの主なのだ。」
「蛇!?」とhunaは素っ頓狂な声をあげました。hunaは蛇が大嫌いなのです。
「わしはこの島と心中するところなのだぞ。」
と香水師はいいながら、建物の外へとでました。
島全体が地響きを起こしています。
「しんじゅう?」とunaは聞きました。
「自殺するってことよ。」とhunaが青ざめながら答えました。
香水師は短く鼻から空気を吸い込みました。
そしてすこし悲しげに「もう来ている。」といいました。
どーん、どーん、と島全体が揺れました。
まるで太鼓のなかにはいったような振動と騒音です。
海からの巨大な水柱がたちました。
unaたちはそのしぶきの中に恐ろしい姿の黒く光る大蛇をみました。
うごくはゆっくりなのですが、どーん、という
大きな音とともに大蛇が頭をもたげると
風がうなり、黒雲も動き、島じゅうの石がいっせいにガチガチガチと揺れました。
大蛇は、大きな口をあけて建物にぶつかっていきました。
unaたちは砂ほこりと石がぶつかり合う音と地響きで
立っていることさえ困難でした。
unaたちは、必死にボートを目で探しました。
ところが突然でてきた巨大な黒い壁が島を取り囲みました。
なんとそれは蛇の胴体です。
大きな蛇は島をぐるりと取り囲んでしまったのです。
そして、尾の部分を高くもちあげ尾の先の輪を激しく振りました。
火の粉のようなものが落ちてきて、それが島の草に燃え移りました。
「しつこい蛇でな。目をつけた獲物は必ず食べる。
いままでは上陸しないように香りで結界をはっていたが
こうなるとどうしようもない。」と香水師はいいました。
シャー、シャー、という水が噴き出すような音とともに鼻の奥に甘い匂いがしました。
hunaは足がすくむのは太古からの自己防衛本能からだと心の中で何度も唱えました。
しかし足は操り糸が切れてしまったようにどうやっても動きません。
熱のせいか、unaの目の前でhunaが倒れました。
香水師の男もゆっくりと座り込んでしまいました。
unaは必死で鼻を押さえ、眠らないようにしていましたが
まぶたが鉛のように重たいのです。
そして頼りになるumaまでもが、unaの目の前で倒れているのです。
unaは、涙をぼろぼろこぼしながら、なんとかしなくてはは思いました。
巨大な黒い蛇は、unaたちが動かなくなるのをよだれをたらしながら待っています。
unaはポケットに唐辛子がはいっていることに気づきました。
もしかすると、これでなんとかなるかもしれません。
unaは両方の鼻の穴に唐辛子をいれて倒れこみました。
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全員が倒れこむと、黒い蛇は尾を振るのを止めました。
そしてまるで食べる順番を決めあぐねているように、
ひとりひとりの匂いをかぎ始めました。
unaは、鼻からの痛みでなんとか眠らずにいられましたが、
手には一束の唐辛子しかありません。
どうしたらいいのか、なんどもかんがえました。
目の前のuma(馬)がかすかに鼻を動かしました。
このuma(馬)ならなんとかしてくれるかもしれません。
unaはしびれる腕をゆっくりと動かして、
uma(馬)の鼻が広がるほどの唐辛子をねじ込みました。
ばーん、と地面を蹴ってumaが跳ね起き、そこらをすごい勢いで走り出しました。
大蛇はすこし驚きながらもumaを追いかけようと体をくねらせて島を揺らします。
しかしumaは曲芸のようにはねる岩の間を走り抜けます。
unaはゆれる島に吹っ飛ばされながらもhunaの鼻に唐辛子を詰めました。
hunaは唐辛子をいれると咳き込みながら、目を覚ましました。
最後の唐辛子を全部、香水師の鼻につめました。
雲は裂け天も地もわからなくなるほどに大地は揺れ続け、
unaもどうすることもできなくなりました。
だめか、とunaも思いました。しかし突然、振動がやみました。
unaはumaの様子をみました。
uma(馬)は疲れてしまったのでしょうか、
大蛇に完全に背をむけて止まっているのです。
だから揺れがおさまったのです。
大蛇は大きな口をあけてuma(馬)に喰らいつこうとしました。
「わー」とunaはいいました。
uma(馬)は疲れたのではなかったのです。
喰らいつこうとした大蛇の左目に後ろ足でけりつけました。
大蛇は雄たけびをあげて暴れました。
やがて島がひっくり返るほどにのた打ち回り、
どおおんと大きな音をたて海へ入っていきました。
unaたちは、息をひそめながら、海をみましたが、もう大蛇はあらわれませんでした。
unaの服はぼろぼろの黒こげになっていまいました。
静かな波の音が打ち寄せるなか、hunaのお腹がぐーっと鳴りました。
hunaは顔を赤くしました。
「くう か?」とunaは落ちていた唐辛子を拾いました。
だれかの鼻にはいっていた唐辛子です。「いらない。」
とhunaはすこし不機嫌そうな顔をしました。
そこでunaは「くう か?」と香水師にいいました。
それをみていた香水師は「お前たちは何者だ?」といいました。 |