人さらいの国

「修道服の老人は何者なんですか?」とhunaは聞きました。
「期待はずれで申し訳ないのだが、よくは知らん。
声すら聞いていない。すべて筆談だった。」

「あやつは、ある日とつぜんにやってきてな。香水の複製を頼まれた。
古いビンにはいった香水でな。
 ひと嗅ぎして これは作ってはならんと思った。」

「くさい やつか?」とunaは聞きました。
香水師はそれを無視していいました。

「頭に直接作用する種類のものだ。判断力を低下させ相手を従わせる香水。
それと言語中枢に作用し、しゃべれなくなる香水だ。
わしはもちろん断った。しかし代金の換わりに良いものを支払うといってきたのだ。」
「おまんじゅう か?」とunaは聞きました。
香水師はそれを無視していいました。
    
「幻の麝香鹿(ジャコウジカ)と麝香牛(ジャコウウシ)だ。」
    
「この星では、とっくに絶滅している麝香鹿と麝香牛を生きたままつれてくるという。
わしは迷った。香りの歴史にできてしまった空白部分を埋めることができるのだ。
この間どれだけ苦悩したか。しかし、言い訳はできぬ。
わしは結果的には作ってしまったのだ。」
「作ってしまってからには、悪魔に魂を売ったも同然だ。そう思い香りの結界を解いた。
そして大蛇とお前たちがやってきたのだ。」
     
hunaは、それを聞いて考え込みました。

「相手を素直に従わせる香水は、unaたちをロケットから誘拐するのにつかったのね。」
とhunaはunaにいいました。
「そして、しゃべれなくなる香水はネムルさんにつかったのよ。使ってしまったから、
ここに複製を頼みにきたんだわ。」
    
「しかし、あの香水は100年や200年前のものではない。劣化もさせずに、
どうやって保存していたのか。」と香水師はいいました。

「ネムルさんを治すことはできますか?」とhunaは聞きました。
「できなくはない。しかし工房も原料もなくなってしまったな。」
と建物の残骸をみていいました。
    
「私たちは今はなにも持っていません。
工房も用意できるかどうかの約束もできません。
ただ工房をつくるときには、私たちのできることはなんでもやります。
その代わりお力を貸していただきたいのです。
私たちはロケットを探して旅をしております。その旅に同行いただきたいのです。」
とhunaはいいました。
    
香水師はしばしunaとhunaを無言で見つめました。そして
「まぁ、よいか。お前たちに拾われた命だ、協力しよう。」といいました。

「北東へと進むべきだ。修道服の匂いはそこにある森へと続いている。」
    
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このあと、みんなでボートを修理し、unaとhunaと香水師と
uma(馬)でボートのって馬車のある森まで戻りました。
    
hunaはそうでもないのですが、unaは顔もすすだらけ、服にいたっては黒こげです。
unaはぼろぼろになった自分の服をしげしげとながめました。
hunaに「着替えはあるんだから、その服は捨てたら?」
といわれてもそんな気になれませんでした。
この服のおかげで寒さがしのげ、unaの体を怪我から守ってくれたのです。
しかし、これほど穴が開き、擦り切れて、こげてしまうと、着られません。
    
仕方なく、unaは服とお別れすることにしました。
unaの服のために、hunaもお別れの詩を朗読してくれました。
香水師は首をかしげながらも、お祈りをしてくれました。
そして最後にunaは服を丁寧に折りたたみ、服をたたえる歌をうたいました。

そうやってようやく新しい服に袖をとおしたのですが、unaはとてもごきげんでした。
新しい服のポッケには、なんとキャンディがはいっていたのです。
だれも知らないunaだけのキャンディです。
ひうながおなかがすいたときにさっとだせるかもしれない、と想像したりしました。
それか、よるにねむれないときたべるのがいいかもしれない。
そんなことを考えると、とてもわくわくしました。

ふと横をみると、香水師の大きな鼻がみえました。
unaは「フン(だれにもいうなよ)」と香水師に合図しましたが
怪訝な顔をされただけです。
    
「どうしてunaだけロケットから連れ出されなかったのかしら?」
とhunaは香水師に聞きました。
「鼻血でもだしていたのかもしらん。」と香水師はいいます。
unaはポッケのキャンディのことをいわれないかと気が気ではありません。
    
北へと向かう一行を夕方の太陽が包み込みます。
森の空気はひんやりとしていて、小鳥たちの歌もきこえました。
    
この分だともう少しで日がしずみそうです。
一行は少し開けた平地で泊まることにしました。
    
香水師は、大きな鼻をひくりとさせると「どれ、新鮮な魚を夕食にしよう」といいました。
しかし、ここらは森のなかで魚などいるようにはみえません。

袋から小さな玉を取り出し、バケツをもって草むらへと歩いていきました。
興味のあるunaとhunaも後ろに続きます。
    
少し歩くと小さな川がありました。しかし、魚は一匹も泳いでいません。
香水師はバケツのなかに小さな玉をいれ、ゆっくり川に沈めました。
「さて、スパイスの原料を拾ってくるか」というと、
またどこかへ歩いていってしまいました。

薄暗い中unaもhunaもじっとバケツをみています。
しばらくすると、バケツのあたりが、ばしゃばしゃと水しぶきがはねています。
注意深くみていると、銀色の鮭がどんどんバケツに飛びこんでいくのです。

すると香水師が手に木の実をたくさん持って戻ってきました。

「おお、たくさん来ているな。」と香水師はいってバケツを引き上げました。
「鮭3匹でじゅうぶんじゃろう。」といってほかの鮭は川に戻しました。

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荷馬車の中は薄暗くてhunaも香水師も眠っています。
unaはみんなを起こさないように静かに馬車から降りました。
湿った地面には白い花びらがたくさん落ちています。
どこから落ちてきたのかと空をみるとふいに故郷の星のことを思い出しました。
unaがまだ小さい頃はまだ陸地も多く残っていてみんなで山にでかけたのです。
山の上には白い花が咲いていました。
あれが飛ばされて遠くの星のここにきたのかもしれないと
unaは考えながら歩きました。
しばらく歩いた後に馬車に戻るといい匂いがします。

hunaがコーヒーをいれていました。
リネンの生地を木枠にゆったりとしばりつけ、その上にすりつぶしたコーヒー豆を
のせて熱いお湯を少しずつかけます。すると
リネンがコーヒーフィルターの役割をしてぽたぽたとコーヒーが落ちてきます。

香水師はどんぐりや球根などをを鍋で煮込んでいます。
「どんぐり は にがい」とunaは香水士に近づきいいました。
「アク抜きをしておるから問題ない。」と香水士はいいながら
みんなのお皿に乗せていきました。
主に木の実なのですが、なかなかのボリュームがあります。
お皿はちゃんとuma(馬)の分までありました。
そしてなにやらいい匂いのするソースを作り始めました。
unaもhunaも出来上がるのが待ちきれません。
彼が同行するようになってからは、道中が一流シェフと
現地ガイドつきのまるでピクニックのようにも思えます。
香水師はいい匂いのするソースを料理にかけて席へつくと、
得意げに解説をはじめました。

「まず、こちらのどんぐりは普通に食べると苦くて食べられたものではない。
苦味の成分はタンニン酸化合物であり…」
hunaが早く話が終わらないかとやきもきしている間に、
unaはぺろりと食べてしまいました。
「味覚というのは舌で味わうと思っているかもしらんが、
舌の役割は約30%。味の決め手は匂いにある。」
uma(馬)は偉いものでhunaが手をつけるまではじっと待っています。

unaが香水師の皿から一粒木の実をいただこうとしたときに、
ようやく「…さぁ、ではいただこうか。」といいました。

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ここから先は気をつけたほうがいいわ、とhunaがいいました。
このあたりは、大変治安の悪い場所として知られている地域です。
どんな国があるのか、だれも把握していません。
そろそろ日が沈みかけています。

「今日は無理をせずここに泊まりましょう。」とhunaがいいました。
馬車で少し開けた場所に移動し、翌朝の出発を予定していました。

旅の疲れか、unaはもちろん、hunaも香水師もuma(馬)までも、
この日は熟睡してしまいました。
まさかあんな事が起こるとはだれも予想していなかったのです。

unaが何気なく目を覚ますと、馬車の中にはピンク色の煙が立ち込めていました。
(なんだ?)とunaは思い立ち上がろうとするのですが、強い睡魔がunaを襲います。

すると、馬車の外に怪しい人影がたくさん見えます。

(にげなきや)とunaは思うのですが、体が動きません。
hunaも香水師も気づかずに眠っています。
防炎マスクをかぶってスーツを着た男たちが馬車に入ってきました。
そして体の動かないunaやhunaや香水師やuma(馬)をしばりつけてしまいました。

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「部長、査定をお願いいたします。」とグレーのスーツに防炎マスク、
なぜか そのうえに めがねをかけた男がいいました。
「プラチナブロンドの女、ブラウンの女、白髪の老人、馬を確保しました。」

部長と呼ばれる男は、紺のダブルのスーツをきています。
防炎マスクをぬぐとかばんの中からファイルを取り出しチェックを始めました。
「プラチナブロンドの女はランクA、白髪の老人はランクD、馬はランクB」

「部長、ブラウンの髪の女の査定がされていませんが…」と係長はいいました。

はぁ、と部長は大きなため息をつきました。
「お前さぁ、会社はいって何年になる?」
「ええと、今年4年目です。」

「新人みたいなこといってんじゃないよ。いまブラウンの女売れるか?
どっかお客さんから話きてるか?」
「いえ、いまはきてないですが…ただいつか発注がくるかもしれませんし。」
「いつか?いつかっていつのことだ?
そういう仕入れやってるからどんどん在庫たまってくるんだよ。
在庫抱えるって事は、食事に住む場所、全部用意するんだぞ、
その金はどっからでてくるんだよ。」
と部長はまくし立てました。

「すみません。」
「お前さぁ、うち法人化したのわかってないんだよ。勘で仕入れて勘で売るって、
もうそんな時代じゃねぇんだよ。」
と部長の怒りは収まりません。しばらくため息をついたあと
「で、どうすんの?」と部長はいいました。

「ブラウンの女は解放します。」
「どこに?」
「どこか山のなかにでも…」

すると、部長はいらいらとした様子で
「お前、自分で考えるってことできないのか?」といいました。

「この老人いくらでオーダーはいってる?」
「たしか8000貨幣だったはずです。」
「だろ、たった8000だぞ。もしもこのブラウンの女のじいさんだったら、
この女いくらで助け出すと思う?」
「わかりませんが、可能な限りあつめてくると思います。」
「だったら、なんで山の中に解放するんだよ。うちの店で解放すりゃいいだろ。」
と部長はいいました。
「お前ホント使えないな」と部長は何度もいいました。

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unaが目覚めたのは、真っ赤な建物のぴかぴかとした床の上です。
正面に受付カウンターがあり、制服をきた受付嬢がいます。
ただ入り口には用心棒らしき2人の大男が座っておりこちらをみています。

カウンターにはモニターが付いていて、こんな広告がでていました。
「私どもは古い体質の人さらいから脱却し、
 業界初となる株式会社制を導入し、オープンな経営と公平な査定システムで
 人さらいの従来のイメージを変えたいと思っております。株式会社人さらい」

unaはぼんやりした中で、なぜここにいるのかを考えました。
目の前のカウンターのロゴマークに見覚えがあります。
あれは煙が立ち込めて、ロゴマークのかばんをもった男がはいってきて、
hunaと香水師とuma(馬)を連れていった…………。

unaは床から飛び起きると正面のカウンターに近づき大声でいいました。
「ひうな と おじさん かえせ!」

すると受付嬢は「いらっしゃいませ。お客様はお買い求めですね。」
「ええとひうなとおじさん…」
赤いカウンターの前のモニターにhunaと香水士の顔が映し出されました。

「hunaさんが5000万貨幣、もうひとりは10万貨幣になります。
一緒にご注文いただきますと、馬を一頭プレゼントいたします。」
「ひうな も おじさん もおかね とらない! かえせ!」とunaは怒りました。

「お客様、お買い上げにならないのですね。営業妨害です。」と受付嬢がいうと
大きな体の男がunaをつかまえました。
そして暴れるunaを建物の外へ投げ飛ばしました。
それでもunaは立ち上がりまた建物に入りましたが同じように追い出されました。

unaはふらふらと立ち上がりました。
新しい服も泥がついています。

いったいどういうことなのでしょう。
ここはどこなのでしょうか。

建物のそとは古い町並みでした。
unaが追い出された建物だけが一際あたらしくライトアップされています。
人の往来もかなりあり、道路を人の間を自転車やら車やらが無理やり通りすぎていきます。
目の前を古いトラックが走り、荷台にはしばられた男たちが虚ろな目で座っていました。

話のわかりそうな人がいないか、unaは様子をうかがいました。
だれの目つきも鋭く、いじわるそうな顔をしています。
それどころか、さっきからunaの後ろをついてくる二人組みがいます。
unaはあわてて、薄暗い路上のテントにはいりました。
「はい、いらっしゃい」と声がします。
無人のテントかと思っていたのですが、だれかがいるようです。
「なんか買ってくれるのか?」とやせて、目のギョロリとした男が聞きました。

かわないといったら最初のところのように追い出されるとunaは思いました。
後ろの二人組みをかわすために、少し時間をかせがなくてはいけません。

「かいたい が なに があるか?」
「うちは人間よりも動物。ライオン、虎、熊なんかの猛獣系なら任せときな。」

「いちばん たかいのは なにか」
「いまなら高いのは暴れオオガメだ。売値で3000万貨幣ってところだ。」

そういえばhunaはごせんまんかへい といっていました。
それはどのくらいのお金なのでしょう。
そこでunaは「ごせんまんかへい あるか?」と聞きました。

男はしばらく無言でしたが、やがてにやにやと笑いました。

「5000万貨幣か。あることはあるぜ。5000万どころか1億貨幣ってのがある。」
「雪男って知ってるか?」

「しらない」
「世界中の大金持ちの憧れの珍獣だ。」と一枚の絵をひらひらとさせました。
けむくじゃらのふしぎな生き物が描かれています。
「雪男だ。この島の一番高い山に住んでる化け物さ。
こいつは、この星で一番力の強い動物なんだ。おまけに凶暴で、さらに個体数も少ない。
めったに捕まることもない。値段も天井知らずさ。
プロのハンターが集まって、1年ががりで雪男の子供をようやく捕まえられるかどうか。
子供のころにならなんとかならんでもない。それでも捕まえりゃ大金持ちだ。」
「俺も若いころ捕獲の手伝いをやったことが、あれは人が捕まえられるものじゃない。」

「そんな訳で、こいつはずっと入荷待ちさ。死ぬまでに入荷できるかもわかんねぇ。」

unaはしばらく考えてこういいました。
「これつかまえたら ごせんまんかへい くれる か?」

「ああ、いいぜ、7500万でも買ってやる。」
「やまは どっちか」とunaは聞きます。
「おお、捕まえる気まんまんだなぁ。期待してるぜ。」と男は山の方向を指差しました。