森の国

雪男が仲間に加わったことで、unaたちの旅はスピードを増してきました。
香水師は自慢の鼻をひくりとさせ、修道服の老人の匂いを追いかけます。

巨木の間を馬車は走り抜けました。
馬車をひくuma(馬)はとても優秀でhunaがひとことつぶやくだけで進路をかえます。
まるで心が通じ合っているようです。
馬車はふしぎな色の森を走っていました。
先ほどは、ピンク色の葉っぱばかりだったのですが、
今度は鮮やかなオレンジ色の葉っぱばかりです。

hunaは地図を見つめながら「このあたりが《森の国》のはずだけど…」といいました。
葉っぱの色がちょうど赤から紫にかわる境界線上のベンチに、
小柄で品のよさそうなおばあさんが座っていました。

「すみません、このあたりに森の国はありますか?」とhunaが聞きました。
するとおばあさんは、にっこり笑って「ここが森の国だよ」といいました。

「《森の国》って、ただの森ってことですか?」とhunaが聞くと
「ただの森じゃない。赤い森、青い森、黄色い森、
眠りの森、空腹の森、涙の森、笑いの森、ここは森の博物館だよ。」

「うな わらいの もり いきたい」といいました。

「もう少しいけばビルがあるからそこで聞いたらいいよ。」とおばあちゃんは笑いました。

「あ、そうそう、《戻れない森》だけは入ってはいけないよ。」と真剣な顔になりました。
「一度はいったら、二度と戻れない森。」といいました。

ビル、といっていた意味がようやくわかりました。

森の中に、ぽっかりと広場がありました。
真ん中にとても大きな樹があり、
高層ビルのように各階がくりぬいてあり、たくさんの人が働いていました。
広場からは、無数の道と看板がでており、さまざまな森へと繋がっているようです。
広場の人々も人々がせわしなく往来していて、森の中とは思えません。

unaたちは「森ビル」の正面入り口横にある看板を眺めました。

「修道服の老人は、こんなに人の多い場所を通るかしら?」
とhunaは香水師に聞きました。
「いや、匂いの方向はある森に続いている。」と《戻れない森》を指差しました。
「そうだと思ったわ」とhunaはため息をつきました。

unaたち一行は、濃紺の森の前に立ちました。
そこには《 戻れない森 / 立ち入り禁止 》という白い看板があります。

「さて、どうされるか?ある程度情報を集めてからいくか、いま行くか。」
と香水師はhunaに聞きました。
「少なくとも、ワシがいる時点で迷子になることはないがな。」
と香水師は自慢げにいいます。

修道服の老人を追いかけている以上、時間のロスは禁物です。
この前には安全策をとったつもりが人さらいに会い、大幅に遅れてしまいました。
香水師だけじゃなく、uma(馬)、雪男、森になれているunaも一緒です。
森のなかは、道路も整備されていないので馬車ではなく歩きになりそうですが
さほど大きな森にもみえません。

「行きましょう。」とhunaは看板の横を過ぎ《戻れない森》へと歩いていきました。

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「おかしい」と香水師は首をひねります。
そう思っているのは香水師だけではなく、hunaも同じです。
さっきから何度も同じ場所を歩いているような気がするのです。
(この岩はもう10回以上みている)とhunaは思いました。
「おかしい。匂いがどんどん移動しておる。」と香水師がいいました。

「目印をつけてできるだけ直線的に歩きましょう。」とhunaはいいました。
unaは、途中にある岩に草をすりつぶして、目印にして歩きました。
しばらく歩くと、さっきunaが目印をつけた岩がみえました。

「ループしてる。」とhunaがいいました。

それを聞いてunaは雪男の肩に乗っかって走り出しました。
unaはあっという間に、森の中へ消え、逆側からまた現れました。

「さて、困ったことになったな。」と香水師はいいました。

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みんなの顔に疲労が浮かんでいます。
「一度休んで、対策を立てましょう。」とhunaはいいました。

するとunaが「あのいえで やすめば いい」といいました。

(あの家?)と不思議に思いながらunaが指差す方向をみると、
森の中に白い洋館がたっていました。

「いつからあった?」と香水師はhunaに聞きます。
「5分前にはなかったと思う」とhunaは答えました。
「たべもの あるかも」とunaがいうと、
突然タルトの焼ける匂いがしてきました。
unaは大喜びで、洋館に走り出しました。
「気をつけろ。すべての匂いがうすっぺらく、偽者くさい。」
と香水師はいいました。

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「これは、、」とhunaは声を失いました。

広く高い天井はシャンデリアが幾重にもつらなり
銀色のヴォールト天井を輝かせています。
床はなんとガラスになっていて、底にはられた水がきらきらと光を反射させています。
青くきらめく水には赤い花びらがうかべてありました。
さらにホールではドレスや燕尾服で正装した人々が、
ざわざわとした会話を楽しんでおります。

「なんだこれは?」と香水師はいいました。
unaをみると豪華なテーブルのうえのタルトをシャンパン片手に頬張っています。

「ウナ、ちょっとこっちに」とhunaは慌てて引っ張ってきました。

「みんな一度外に出ましょう。」とhunaはいいました。

外に出ると、森はいつの間にか夜になっていました。
雪男とuma(馬)が不満げな声をあげます。

「どう思う?」と香水師はhunaに聞きました。
「着替えて調べましょう。」といいながら、馬車の中に入っていきました。

「確か男性用のテイルコートもあったはずです。あなたも着替えてください。」
と香水師にいいました。
「ウナもお着替えしましょう。」とhunaは少し嬉しそうです。

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馬車の中で着替えたhunaは、いつものhunaとは違ってみえました。
白いローブ・デコルテと長手袋をした姿は、女王の気品に満ち溢れています。
unaも美しいドレスを着たのですが、どうも落ち着かず、歩き方も変です。
香水師は、黒いテイルコートを着ました。

hunaは「少し待っていてね。」と雪男とuma(馬)に声をかけて、洋館に入りました。
大夜会が続いており、大勢の王族、貴族らしき人たちがみえます。

テーブルの上には、シャンパンが並びキャンデラブラ
(複数のキャンドルが立てられるキャンドルスタンド)には
アメジストが埋め込まれています。

hunaはこの夜会がだれのサロン(主催の集い)なのかを探しました。
主催者がわかれば、なにか手がかりがつかめるはずです。
hunaは、アペリティフ(食前酒)を取りにいくふりをしながら
もしや知り合いがいないかと目を配りました。

しかし、これほど王族らしき人がいるのに、見たことのある人がひとりもいません。

(やはり変だ)と思いながらふとunaたちの様子をみました。
unaたちはテーブルについて、プディングやケーキを食べています。
香水師もテーブルについているのですが、難しい顔をしています。

その時にオーケストラの演奏が始まりました。
そして「本日の夜会にお集まりいただき、ありがとうございます。」と声が響きました。
「主催のから、お礼の言葉です。」

ホールのなかは、たくさんの拍手でつつまれます。
2階吹き抜け部分から真っ黒なベルベットの服をきた美しい少女が顔をだしました。

「みなさま、本日はありがとう。パーティはまだまだ続きますので、どうぞ、ごゆるりと。」

大きな拍手のなか、hunaは香水師に近づきいいました。
「おかしなことばかり。」
白い革のスーツをきたオーケストラを指していいました。
「あれに関してなら、なかなかいい演奏じゃないか」と香水師はいいます。

「音量が大きすぎるわ。」とhunaがいいました。
「それがどうかしたか?」
「夜会は会話を楽しむためのもの。
演奏は会話のひきたて役程度にするのが礼儀です。」
「さらに服装のルールも間違っています。」
「大夜会で主催者が黒のドレスを着るなんてありえません。」

「そんなことよりも、この食べ物のにおいだよ。
見た目は立派だがどれも平面的な匂いしかしない。」と香水師はいいました。

「主催者とやらに聞いてみます。」

hunaはひとりで吹き抜けをあがり、一際豪華な装飾の扉を開きました。
真っ赤な壁に真っ赤な絨毯の美しい部屋です。
そして真っ黒な椅子に少女が腰掛けています。
「あら、いらっしゃい。あなた、どなただっけ?まぁ、だれだっていいけど。」

「この森から出る方法を教えてもらいたくてきました。」とhunaはいいました。
「なんのことだかわからないわ。」と少女は髪の毛をいじりながら答えました。

「このサロンは、あなたが主催しているのですよね。」
「そうよ。」と少女は退屈そうにいいました。

「パーティを楽しんでいるようにはみえないわ。」とhunaはいいました。

「そりゃそうよ。毎日パーティだもの、退屈もしてくるわ。」

「どうして退屈なのか、教えてあげましょうか?」とhunaはいいました。
「退屈しのぎに聞いてやってもいいけど。」と少女はバカにしたような口調でいいます。
「この森から出る方法を教えてくれたら、退屈をなくする方法を教えるわ。」
とhunaはいいました。

少女はイライラとした表情で「バカバカしい。」といって、そっぽを向きました。
「必要なしね。じゃあ私は帰ります。」とhunaは出て行こうとしました。

「ちょっと待ちなさい。」と少女はいいました。
「その方法とやらを聞いてあげるわ。
私が納得できたら、森から抜ける方法を教えてあげる。」

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「食べること、お話すること、生活すること、同じようにを繰り返して生きていると、
 いつの間にかそれが当たり前になって、徐々につまらなくなってきます。」

「そうして日常がつまらない、といってパーティを始めたとしても、同じです。
 しばらくは夢中になれるかもしれない。でもやがてそれにも飽きてしまう。」

少女は無言で聞いています。
「そうやって、いつまでも刺激を探して、どこまでも解決しない。」

「じゃあどうやって解決するの?」と少女がにやにやとした顔で聞きました。

「すべての行動を丁寧に行うのよ。」

「丁寧?」と少女は飽きれたような顔をしました。

「例をあげましょう。
このパーティが苦痛なのは、すべてにおいて丁寧さがないからです。
 パーティの場合の丁寧さとは、マナーに相当します。」

すると少女は
「あははは。マナーなんて必要ないわ。楽しく過ごせれば、それでいいのよ。」

「楽しく過ごせていないんじゃなかった?」とhunaが聞くと、
少女はhunaをにらみつけました。

「私にいわせれば、マナーだなんだ、うるさくいう奴こそ不愉快よ。
あれをやってはいけない、これをしなきゃいけない、それでどこが楽しめるの?」

「日常は、果物のようにできています。」
「表面を丁寧に一皮むいてあげると、はじめて果実がでてきます。」

「日常の果実の皮は、丁寧に行うことでむけてくるのです。
 たとえば、お洗濯するにしてもゆっくり注意深く丁寧にやってみると、
あれほど面白いものがありません。」と微笑みました。

「お食事にしても、ひとつひとつの料理を丁寧に味わえば、
その命の深みに心が震えます。」とhunaがいうと、少女の顔が真剣になりました。

「いいでしょう。」と少女はいうと、床がぐにゃりと歪みました。
真っ赤な壁も、とけたアイスクリームのように、どろどろと流れ落ち、
天井も今にも、溶けくずれています。

あわてるhunaに少女は「大丈夫、幻だからそのまま動かないで。」といいました。
hunaの頭に液体のようになった天井が落ちてきて、
空気のようなものが通りすぎたような感触だけはありましたが、
髪も服にも何も付いていません。
目の前には、美しい青空と森の木々とドレスや
タキシードをきた子ギツネたちが歩いていました。
unaと香水師はびっくりして、座り込んでいます。

「あなたは最近には珍しくまともね、いいわ、森から出してあげる。」
と少女はいいました。

「待ってください。私たちはロケットを探し修道服の老人の老人を追いかけています。
 出してくれる前に、その老人の行方を教えてください。」とhunaは聞きました。

「あの男追いかけるのは、止めたほうがいいわ。危険すぎる。」
と少女は穏やかな口調でいいます。
「ロケットがないと多くの命が失われます。」とhunaはいいました。

「仕方ないわね。」と少女はため息をつきました。そして
「だったらわたしの娘を連れていきなさい。」といいました。

「娘?」とhunaは驚きました。目の前の少女は母親にはとてもみえません。

「血はつながってはいないけど私の娘よ。あの子には幻覚が効かないのよ。」
と少女はいいました。
「どうやって育てていいかわからなくて、森に落ちていた、
なぞなぞの本を読んであげて育てたわ。」と少女は笑いました。

「でもあの子は難しい子だから、気に入られなかったらあきらめてね。」と
いうと少女は宙に浮かびました。
「とんだ !」とunaは驚きました。

「そうだ、支配人にだけは会っちゃダメよ。あれは例外。うちの娘でも危険かもしれないわ。」
そういうと、少女はあっという間に透明になって消えてしまいました。

(しはいにん?)とhunaは頭のなかで繰り返しました。
古い歴史書にでてくる昔の権力者の名前です。
その人のことをいっているのでしょうか。

「どうなっている」と香水師がようやく立ち上がりました。
「修道服の老人の行方も教えてくれなかった。」とhunaは落胆しました。
しかし先ほどまで周りを囲っていた森の木々の一箇所が
なくなっており道ができていました。

「みち だ!」とunaは叫びました。