まりもガールズの思い出


このお話は、ぼくがまだ小さかった頃、
阿寒湖にすんでいる伯父さんから聞いたものです。
(ちなみに伯父さんは、少し前になくなっています。)

小学生だったぼくは、夏休みに家族とその伯父さんの家を訪れたのだけれども、
観光地である阿寒の魅力がまるでわからず、ただ時間をもてあましていました。
マンガもテレビもゲームもない。
別にマンガやテレビやゲームがことさら好きなわけではありませんでしたが、
こう退屈だと、それが急にやりたくなるものです。
ただ、ぼくは自分が聞き分けのよい方だと自負していたし、
ぼくらと同じく、夏休みを利用して訪れていた他の親戚からも
「落ち着いている」との評を得ていたということもあり、
だだをこねたりなどはしませんでした。
感情を表すのは、なんとなくかっこわるいとも思っていたので、
それなりの社交辞令や愛想笑いをすることで、
だれにもぼくの退屈を気付かれないつもりでいたのです。

今夜一晩泊まれば、明日には帰れるだろうと考え、
ぼくは退屈を内に秘めつつも、ベランダから湖をみていました。
「なにもないところで、退屈か?」
伯父さんがふいに声をかけてきました。
ぼくは平静をよそおって、「そんなことありません。」と答えました。
「退屈しのぎに、面白い話をしようか?」

そして、伯父さんからこの「おかしな話」を聞きました。
大人になった今でも、夏になると、ときどきこの話を思い出します。
ぼくはこの話によって想像力を働かせたり、その後を推測してみたり、と
ずいぶんと楽しませてもらいました。

この楽しさを、他の方にも感じてもらうため、
ぼくはその「おかしな話」をここに記しておこうと思います。
すこしでも多くの方に、この「おかしな話」を知っていただけたら、
阿寒の伯父さんも、よろこんでくれるのではないかと思うのです。

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 まりもの恩返し
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阿寒湖の真ん中にチュウルイ島という島が浮かんでいます。
ここには無人の「マリモ展示観察センター」があるだけで、他はなんにもありません。
このだれもいない島に、まりもガールズは住んでいました。
こんな辺鄙(へんぴ)なところに住んでいる理由は、だんだんわかってくるでしょう。

まりもガールズは、阿寒の温泉街で芸者のバイトをしている
ちいさな女の子2人組です。
ちいさな、といっても普通のちいささではありません。
大きさはだいだい25センチくらいです。
体操着みたいな服を着て、フェルト素材でできた緑色の帽子をかぶっています。
2人は、毎日遊覧船にのってチュウルイ島から温泉街へ行き、
旅館の宴会場で観光客相手の芸をして生活していました。

しかし、2人の持ち芸は、
ショーのお客さんに教わった「手品3つ」と
自分たちでつくった「唄3曲」だけだったため、ほとんど人気がありませんでした。

最初は興味本位でみてくれるお客さんも、
はじめの方ですぐに飽きてしまい、大声でおしゃべりをはじめたり、
子供などは、まりもガールズの帽子をひっぱって取ろうとしたり、
酔っ払いには、静かにしろ、と怒鳴られたりして、
最後までショーを続けられないこともしばしばでした。

人気がないため、まりもガールズのショーは全て入場無料です。
お客さんからのおひねりで彼女たちは生活をしているのですが、
いただけることはほとんどなく、生活は困窮していました。

そんなまりもガールズの最初の理解者は、旅館で働く板前さんでした。

まりもガールズがはじめて会った旅館の人も、この人でした。
食材の買い出しにでかけようと、裏口から板前さんが出てきたときに
売り込みにやってきたのがまりもガールズだったのです。
板前さんは、ちいさな2人など気にも留めずに街へでかけました。
買い出しを終えて旅館にもどってみると、まりもガールズはまだいました。

その日は大宴会が入っており、1人しかいない板前さんは大忙しでした。
次から次へ、野菜をむいて、刺身を盛り付け、魚を焼き、料理を作りつづけました。
大宴会をどうにかこなし終え、深夜1人で
厨房の片付けをしていた板前さんでしたが、
ふと、昼間のちいさいのは何だったんだろう、と思いました。
たばこを吸いがてらにおもてに出てみると、2人はまだそこにいたのです。
「すてきなしょーはいかがですか?」「みごとなうたをうたいます」
板前さんは、改めてちいさな2人をながめました。
2人とも、服は汚れてまっくろ、顔はすすだらけ、おまけに足ははだしです。
しかし、目だけは真剣そのものでした。

板前さんは、まゆをしかめて顔をそらしながら、
「あー、そろそろ風呂のお湯を抜いて、掃除をしないとといけないな」
とつぶやきました。

「まだまだきれいなお湯なのに、捨ててしまうのはもったいないな」

そういって板前さんは、扉を開けたまま中に戻っていきました。

まりもガールズは、おそるおそる中にはいっていきました。
すると今度は板前さんが
「いまだったら、風呂にだれがはいってもわからないな」といいながら、
奥にある、大浴場のほうへ歩いていきました。
2人は、またもやおそるおそる板前さんのあとをついていきました。

板前さんは、大浴場の前までたどりつくと、清掃中の看板を入り口にかけました。
そして、「まだやることがあるから、掃除はあとにしよう」といって、
厨房の方へ戻っていきました。

「どういうことだ」
「おかねはないが」

すこし迷いましたが、汚い格好ではよくないとも思っていたので、
まりもガールズは思い切って、お風呂にはいることにしました。

お風呂からあがってみると、ちいさなお盆に2人分の料理が用意されていました。
そのうえ、着ていた服はきれいに洗濯されて干してあり、
そのかわりに、温泉マークのはいった小さなハンカチが2枚おいてありました。
2人は、そのハンカチを体に巻き、料理の前に座りました。

すると板前さんが入ってきて、
「おかしいな、料理をつくりすぎちまった」といいながら
大浴場を掃除しにいってしまいました。

まりもガールズは深々とおじぎをしてから、料理をいただいたのでした。

 * * *

それから、板前さんの熱心な口添えにより、
その旅館の宴会場でまりもショーをやらせてもらえることになりました。
女将や仲居さんたちはいい顔をしませんでしたが、
腕のいい板前さんの機嫌を損なわないために、しぶしぶそれを認めていました。

まりもガールズのショーは、ほとんど人気はありませんでしたが、
ごくまれに、お客さんに気に入ってもらえることがありました。
東京から観光できたという大学生には、
ショーのお礼にと、簡単な手品を3つ教えてもらいました。
なかでも1ばんの思い出は、2人のショーに感激したきれいな女の人に
おひねりとして、本物のエメラルドの指輪をもらったことです。
この夜のまりもガールズは、興奮して眠ることができませんでした。

舞台が終わると、板前さんが必ず
「あれ?また2つ多く作りすぎたな」といってから
「食うか?」といってくれました。
まりもガールズは、いつも板前さんに深々とおじぎをしてから、
ごはんをいただきました。
寝床には、仲居さんの部屋の押入れがあてがわれました。

しかし、そんなまりもガールズを、女将や仲居さんたちはにがにがしく思ってしました。

 * * *

まりもガールズはいつものように、ショーを終え、
板前さんにおじぎをしてからごはんをいただき、
押入れに入っていきました。
そして、毎日寝る前に、その日のショーの反省会をするのでした。

「おうたがよくなかった」
「もっとれんしゅうしよう」

2人は、できるだけちいさな声でうたいはじめました。
「♪まりもはみどり おそらはぐんじょう おみずは」

「うるさい!」と仲居さんの1人が怒鳴り、押入れをけりつけました。
まりもガールズは、びっくりしました。

小さな観光地の中で、さらに閉鎖的な世界では
ちょっとしたいさかいや、いじめなどが起こることがあります。
ここでは、どうやらその標的にまりもガールズが選ばれてしまったようです。

今度は、さらにちいさな声で
「てじなのれんしゅうをしよう」といいました。
ところが、隅においてあった練習用のコップがありません。
一緒においてあったハンカチもなくなっています。

「あのバカまりもたち見てるとイライラしてくるね」と仲居さんがいいました。
「湖に沈めてやりたいよ」といって、また押入れがけとばされました。

まりもガールズは、思いました。
いつかだれにもばかにされない芸をやろう。
いつもでもれんしゅうできるばしょをさがそう。

2人はその夜、みんなに気付かれないように
そっと旅館を抜け出しました。

 * * *

まりもガールズは、板前さんに一度つれていってもらったことのある
阿寒湖のチュウルイ島を思い出しました。
そこは、定期的に遊覧船が行き来しており、
なおかつ夜間はだれもいません。
朝のってきて、夜帰れば、まりもショーは大丈夫です。

2人は、遊覧船のりばにいきました。
そして、そこにいたおばさんに
「ふねにのせてもらえませんか」
「おかねはないがおてつだいならします」

おばさんは、鼻で笑いながら「バカじゃないの」といいました。
「どこの世界にタダでのせるっなんて話があるってんだ、乗りたいなら金もってきな」
「わたしだってね、苦労してんだよ、それをタダだって?ふざけんじゃないよ」

2人は、とぼとぼと帰ろうとしました。

するとおばさんは「ちょっとアンタ」と急に2人を呼び止めました。
「その首からぶら下げているものはなんだい?それをこっちに渡しな」
それは以前におひねりでいただいた、本物のエメラルドの指輪でした。
まりもガールズの唯一の財産です。
2人はすこし迷いましたが、仕方なくわたしました。

おばさんは、それをまじまじと見ました。
「まあ、たいしたモノじゃないね」
口ではそういいつつ、目は嬉々としています。
「これを運賃代わりによこすなら、お慈悲でのせてやってもいいけど。」

それを聞いて、
「おねがいします。」と、2人はおじぎをしました。
「荷物おきばにのるんだよ」とおばさんはいいました。

 * * *

北海道の短い夏は終わりをつげて、
チュウルイ島の樹々は秋の色に変わっていきました。

秋が終わればあっという間に冬がきます、
まりもガールズは、冬支度をはじめなければなりません。
まずは寝床です。
夏のあいだは寝床など、どうにでもなりましたが、
雪が降り、気温がさがる冬は、きちんとした寝床を用意しなければ
2人は簡単に死んでしまうでしょう。

ある日、まりもガールズは、少し汚れた大きな木箱を
チュウルイ島の湖畔で見つけました。
それをみつけた2人は、飛び上がって喜びました。
冬の間の寝床にはぴったりだったからです!
早速、木箱の汚れをきれい取り、ぴかぴかになるまで磨きあげました。
中には、やわらかい葉を何枚も重ね、
箱ごと風で飛ばされないように、うえには石を乗せました。
最後に、とっておきの家具である毛皮の椅子を2つ並べて置きました。
(この椅子は、板前さんが引越し祝いにくれた宝物なのです。)

2人は椅子に座り、静かな阿寒湖をみました。
水面がきらきらと光を反射して、とても美しい風景でした。
2人はいつまでもこうしていたいと思ったのでした。

 * * *

冬の寝床をなんとか確保することができたまりもガールズでしたが、
冬支度に関してはもう1つ、大きな目標がありました。
冬になる前にどうにかお金をためて、長そでの冬服が欲しいと思っていたのです。
2人は、ノースリーブの薄着しか持っていなかったので、
秋でさえ、寒い日はとりはだをたてて震えていました。
ショーの人気は相変わらずいまひとつでしたが、
それでもいくらかのおひねりをいただくことはできました。
この分でいけば、冬までには毛布を買うこともできるかもしれません。

しかし、意外な落とし穴がありました。

まりもガールズはいつものように、遊覧船の荷物おきばに収まっていました。
すると、遊覧船のおばさんがやってきて、
わざわざ2人の上に荷物を置いていきました。
「あー、じゃまくさい」とおばさんはいいました。

おばさんは、そのとき、2人の手元から落ちた小銭を見逃しませんでした。
「あんたたち、金を持っているのに、毎日タダで船に乗ってたのかい!!」
と怒鳴りました。
「ゆびわは」とまりもはいいました。
「なにとぼけたこといってるんだい、あんな安物でずっと乗ってられると思うのかい?」
おばさんは、安物といいながらも、いつもその指輪をしています。
そのことをここでいってもどうにもならないことを、2人はわかっていたので、
ただうつむいて、だまりこみました。
「ほらもっているもの全部だしな、乗船料だよ」

こうして、もっていたお金をみんなとりあげられてしまいました。
そして、冬服を買うことができないまま、恐れていた冬がきてしまいました。

 * * *

年の瀬は、みんなが大忙しになります。
そのなかでも板前さんは、眠る時間も削らなければならないほど、
毎日忙しく働きつづけていました。
まりもガールズがノースリーブで震えながら通っていることにも、
忙しさのあまり、まったく気づきませんでした。

そんなある日。

いつものように、まりもショーを終えて、ごはんをいただき、
旅館におじぎをして帰ろうとしたときのことです。

仲居さんたちが、ひそひそと噂話をしていました。
「...板前さん、とうとう転勤するみたいよ。」
「本店だって、東京の。ほら、例の専務がいなくなったから。」
「そうよね〜。腕はいいものね。」
「でも、あれよね、せっかく本店に戻るのに、あんな包丁じゃ恥ずかしいわよね」
「なに包丁って?」
「うちの旅館って、結構見栄はる人多いじゃない。」
「だから料理人はみんな、新品ピカピカの包丁つかっているのよ」
「ほらあの人、そういうのこだわらない人だから」
「でも結局それで、転勤させられてきたんでしょ」
「ここは板前さん1人だからいいけどねぇ」
「しかも急な話よね、ここはあと3日だって」

まりもガールズは、びっくりしました。
板前さんがいなくなったら、まりもショーもやらせてもらえないだろうし、
いつも余分につくってくれるごはんも、もう食べられません。
そして、そんなことよりも、2人は
本当に大好きだった板前さんがいなくなってしまうことに、愕然としてしまいました。

その日、2人はずっと無口でした。
遊覧船のおばさんにイヤミをいわれても、うつむいたまま何もいいませんでした。

寝床に帰ったまりもガールズは、寒さで震えながらも
いつものように反省会をはじめました。

「おどりのとちゅうでころんでしまった」
「てじなはだれもみてなかった」

2人とも、だまってしまいました。

「いたまえさんをあんしんさせよう」
「まりものしょーをがんばろう」

2人は、まりもショーを成功させて
お世話になった板前さんに新しい包丁をプレゼントしようと決めたのでした。
そうと決まれば、より一層練習にも熱がはいります。

♪まりもはみどり おそらはぐんじょう おみずはそらいろ...

真っ黒い空からは雪がしんしんと降り続け、夜はふけていきました。

 * * *

まりもガールズは、ずいぶん前に板前さんがつくってくれた
まりもショーのチラシをもって、
阿寒の温泉街にある、別の旅館やホテルへ売り込みにいくことにしました。



「すてきなしょーはいかがですか」
「みごとなうたとてじなです」

しかし、時期が悪いのか、
「あー、忙しい、帰った帰った!」
どこにいってもだれも相手にしてくれません。

あちこち回ってみましたが、ダメでした。

それでもまりもガールズはあきらめません。
チュウルイ島まで戻り、木箱の寝床で夜を越し、
朝一番からノースリーブに短パンで雪道を歩きます。

湖沿いの温泉街ではすべて断られてしまったので、
2人は仕方なく、温泉街から離れたところまで売り込みにいくようになりました。

その日もかなり遠くまでいったのですが、まったく収穫はありませんでした。
あたりはすっかり暗くなり、2人とも寒さのあまり青ざめていました。
チュウルイ島へ帰るため、遊覧船のりばへむかう途中、
湖から少し離れたわき道の先に、古びた建物を見つけました。
電気もついており、中に人もいるようです。
だめでもともと、2人は売り込みのため、その建物の入り口を目指しました。

チャイムに背が届かないので、「ごめんくたさひ」「ごめんくたさひ」
と、玄関口で何度も叫びました。
だれも出てこなくて、もうだめかと思ったときにドアが開きました。
やさしそうなおばあちゃんでした。
「あらあら、おじょうちゃんたち、どうかしたの?」

「ふてきなしょーはいかれすか」
「みころなうたほてしなす」

北国の冬で長時間外にいた方ならわかるでしょうが、
寒さのあまり、あごがふるえてうまくしゃべれないことがあります。
まりもガールズの2人も、限界近くまで冷え切っていました。
そして、2人はぱたりと気絶してしまったのです。

 * * *

パチパチ、と薪がはじける音で、まりもガールズの2人は目を覚ました。
2人は一緒の毛布に包まれて、暖炉の前の椅子に寝かされていました。

おばあちゃんはめがねをかけて、まりもショーのチラシをみていました。
2人は、今がチャンスとばかりに飛び起きて、ショーをはじめました。

「ながれながれて あかんこへ。こよいもまりもは げんきです。」
ぺこりとおじぎをしました。

「うたをうたいます」

「♪まりもはみどり おそらはぐんじょう おみずはそらいろ」
「♪まりもはあるくよ とことこと ひのやままで♪」

おばあちゃんは、まりもガールズをじっと見つめました。
2人は、ステージの上ではどうどうとしようと思っていたので
むねをはりました。
この唄も手品も毎日毎日練習したのです。

そうすると、おばあちゃんは笑顔でこういいました。
「あなたたち、とってもかわいいわね。」
「明日、老人会のクリスマス会があるんだけど、でてくれないかしら?」

まりもガールズは、「はい」とちからいっぱい答えました。

 * * *

翌日、クリスマス会のステージをみたまりもガールズたちは、びっくりしました。
こんなに大きなステージだとは思ってもいなかったのです。
そこは、一番最初に断られた大きなホテルの大宴会場でした。
なんと、ここを貸しきって行われているのです。
圧倒されている2人をみて、おばあちゃんが
「おじょうちゃんたち、大丈夫?」と聞いてきました。

しかし、ステージが始まってみると、まりもショーは大成功でした。
お客さんの数は300人をこえ、みんなが2人を応援してくれました。
まりもガールズも、練習の成果を十分に発揮しました。
おひねりも、それはそれはたくさんあつまりました。

これで、板前さんに包丁を買えます。
お釣りで自分たちの冬服も毛布も買えます。
まりもガールズは、おばあちゃんにお礼をいって、ホテルを飛び出していきました。
板前さんは明日いなくなってしまうのです。
お店がしまらないうちに包丁を買わなくてはいけません。
しかし、時間はもう夜の11時でした。
温泉街であるこの町で、この時間に開いているのは
飲み屋さんとホテルくらいなものでした。

たどりついた金物屋さんの前で、「すみませーん」と叫びました。
もちろん、なんの返事もありません。
そこで「すーみません」と叫んでみました。
だめでした。
今度は「すみまーせん」と叫びました。

何度叫んでも、どんな言い方をしてもだれもでてくることはありませんでした。

 * * *

まりもガールズは、とぼとぼと戻ってきました。
「どうするか」といいました。

「かえるとおかねとられる」ともう1人がいいました。
「でもそとでねるとしんじゃう」

「かえるしかない」
「あそこにはもらったいすがある」

さんざん迷ったあげく、結局2人はチュウルイ島に帰ることを決めました。
お金は帽子の中にいれて隠しました。
しかし、帽子は不自然に膨らんでしまっていました。

2人は遊覧船に向かいました。
「おねがいします」と2人はいつもの通り挨拶をして
乗船口を通ろうとしました。手にはなにももっていません。

「ちょっとまちなさい」
おばさんは、いいました。
「あんたら、何度いったらわかるんだい!」とおばさんは怒鳴りました。
「そこに隠しているもの、はやくだしな!」
おばさんがあまりの剣幕で怒鳴るので、ちょっとした人だかりができていました。

2人ともいやだ、と首をふりました。
お金の音がちゃりちゃりいいました。

おばさんは、無理やり帽子を引っ張りました。
2人も抵抗しましたが、帽子の首のところのスナップが壊れてしまい
帽子がうばわれました。中身もこぼれおちてしまいました。

「とっととだせばいいん...」といっておばさんは息をのみました。
そこには、ざっとみても数十万円はあるようでした。
「私はね、あんたらの世話をずーっとしてきたんだ。」
「このくらいじゃ足りないくらいだよ!」
おばさんはいそいでお金をひろいあつめだしました。

すると、人だかりの中から声がしました。

「どうかしたの?」それはあのおばあちゃんでした。
まりもガールズは、自分たちが話しかけられたのだと思いましたが、ちがいました。
それはおばさんに向けられていました。

おばさんは、顔を青ざめさせていいました。
「いえ、会長...」
「手に持っているものを渡しなさい」とおばあちゃんはいいました。
しぶしぶおばさんは、帽子とお金を渡しました。

やがておばあちゃんはこういいました。
「私はこの子たちのともだちなのよ」

おばあちゃんは、阿寒湖を取り仕切る実業界の母であり
この遊覧船も、まりもショーをやった大きなホテルも
おばあちゃんがオーナーだったのです。

こうして、おひねりは無事に2人のもとへもどってきました。

そして、おばあちゃんが金物屋さんと仕立て屋さんと
生地屋さんを無理やり起こして、
なんとかその日のうちに、包丁と冬服を手に入れることができました。

 * * *

翌日、まりもガールズは、おばあちゃんの車にのって
板前さんが出発する中標津空港へと向かいました。
2人で、包丁の箱をずっと大事そうにかかえていました。

空港には、見慣れないスーツ姿の板前さんがいました。
椅子には座らず、立ったまま、ずっとそとを見ています。

「いたまえさんいたまえさん」とおばあちゃんに抱かれた2人がいっしょにいいました。
板前さんは、目をまるくして驚きました。
まりもガールズが見送りにきてくれるなんて、思ってもいなかったからです。
「これいたまえさん」と立派な化粧箱に入った包丁を渡しました。
自分の名前の入った包丁を、板前さんはまじまじとみました。
そして、ようやく「立派な代物だ」と声をだしました。

まりもガールズは、唄をうたいました。
「♪まりもはみどり おそらはぐんじょう おみずはそらいろ....」

「これ手荷物だったら、飛行機にのれないな」と板前さんは
いつものように冗談めかして顔をそらしていいました。
ただ、今回は少し上のほうにそらしていました。
声も少し震えていたような気がしました。

おわり。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「え?終わり?」とぼくは伯父さんに聞きました。
いつの間にか、まりもの世界に夢中になっていたのです。

そしたら、伯父さんはちょっと笑いながら
「続きは、またきたら教えてあげるよ」と言い残して
ぼくを残して部屋から出ていってしまいました。

ぼくは、ずるいなと思いながらも
板前さんが金属探知機でひっかかって別室へ連れて行かれるシーンだとか、
まりもガールズの手品の内容だとかを空想しつづけることで、
阿寒での最後の夜を退屈せずに過ごすことができたのでした。

あのときの、伯父さんの言葉、
「またきたら教えてあげるよ」
この言葉の意味が、おとなになった今だからこそ、わかるような気がします。
観光地には、こういった知恵が必要なのかもしれません。

伯父さんの思惑どおりに、
ぼくはあの夏以来、すっかり阿寒やまりもの虜になってしまい、
おとなになってからも、ときどき阿寒を訪れているのです。




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